君のいた時を愛して~ I Love You ~
 仕事を終えたコータは、いつものようにサチに『帰るメール』を送り、重い雑誌を手にキロについた。
 最初の予定では、ほとんど自分で決めてから、サチを驚かせるつもりだったが、やはり相談して、サチの気持ちや希望をちゃんと聞いて、本当にサチに喜んでもらいたいという結論から、重い雑誌は部屋で二人で見ることにした。
 いつもなら、すぐに返信がくるのだが、料理で忙しいのかサチからは返事が来なかった。
 交通費が支給されるから、安心してバス通勤ができるが、本当は自転車通勤にして交通費を食費に回したいコータだったが、それは会社に知れると交通費支給が停止になると聞いたので、大人しくバス通勤を続けていた。
 バス通勤の利点の一つは、定期があればだれでも使えるところで、電車のように記名式ではないので、コータが遅番で、サチがちょっとバスを使いたいときなど、合法的にサチがバスに乗れるところだ。
「ほんと、重いな・・・・・・」
 コータは呟きながら、これを女性が一人で買って帰る時の重労働を考えたら、半分くらいのサイズで月二回の発行にするとか、週間にするとか、そういう気配りがあっても良いんじゃないかと思いながら、カバンの中の鉛の様に重い雑誌の事を考えた。


 アパートの前までくると、部屋の灯りが見え、サチが部屋で夕飯と格闘しているのだろうと思うと、コータは夕飯のメニューが楽しみで疲れた体でも軽々とステップを踏むように階段を上れた。
 部屋のカギを開け『ただいま』と声をかけた。
 いつもなら、流しの水の音や、コンロで火を使う音がするのに、部屋の中は静まり返っていた。
「サチ?」
 コータは心配になり、サチの名を呼びながら部屋の中に入った。
 サチはベッドに横になり、静かな寝息を立てていた。
「サチ、寝てたのか」
 コータは安心すると着替えを済ませてからサチに声をかけた。
「サチ、ただいま」
 コータがサチの頬を指で軽く突っつくと、サチが驚いたように目を覚ました。
「コータ! もう、メールしてって言ってるのに~」
 サチの言葉に、コータは苦笑した。
「ちゃんと送ったよ。返事がないから、料理で手が離せないのかと思ってたら、サチ、寝てたんだ」
 笑顔で言うコータに、サチは慌てて枕元のPHSを確認した。
 確かにコータからの『帰るメール』は届いていた。
「ごめんね、コータ。音が出てなかったのかなぁ」
 サチは起き上がると、慌てて炊飯器のスイッチをオンにした。
「昼間、大将のところ忙しかったんだろう?」
 気遣うようにして言うコータに、サチは今日も目が回るほど忙しかったランチタイムを思い出した。
「ほんとうに、大将のところのランチは死闘だよね」
 サチは言いながら、冷蔵庫からサラダを取り出そうとしてやめた。少なくとも、ご飯が炊けるまでにはしばらくかかる。
「俺は知らないけど、夜はすごく高い店なんだろう? だから、昼に食べに来る人が多いって聞いたことがあるけど」
 コータの言葉に、サチは何度も手伝いに行った夜のメニューを思い出した。
「そう、昼間のお手頃価格とは恐ろしいくらい違うんだよ」
「それなら、お客も多いよな」
 コータは言うと、カバンの中からドーンと分厚い雑誌を取り出した。
「ちょうど、ご飯が炊けるまで時間があるから、サチの好きなドレスを探そう」
 サチのあこがれの雑誌を見せられ、サチは驚きと嬉しさで声も出なかった。
「いっぱいありすぎて、俺にはサチの好みがわからなくてさ」
 コータは言うと、ドレスの特集ページを開いて見せた。
 それから二人はご飯が炊けるまで、肩を並べて雑誌の写真を見ては色々なコメントを交わした。
 結局、夕飯のサラダはタッパーのままになり、ハンバーグの皿にタッパーから自分で取り分けて食べることになった。
「おいしい!」
 コータは嬉しそうに言うと、肉にチーズをからめ、ケチャップを付けては口に運んだ。
「よかった。コータが気に入ってくれて。また作るね」
「サチ、本当に料理が上手だよな」
 幸せ満開でいうコータに、サチは恥ずかしそうに頬を染めた。
「そんなことないよ。あたしのは創意工夫だし。料理なんて、習ったことないから、学校の家庭科だけだよ」
「でも、料理って、才能だろ」
「そうなの?」
「俺がつくったら、全然おいしくないからさ」
「そんなことないよ」
 サチは笑顔で答えた。
 そして、食後の片づけの後も、寝るまで二人は結婚雑誌をはさんで意見を交わした。

☆☆☆

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