君のいた時を愛して~ I Love You ~
 その日は、予定よりも遅くなったこともあり、二人は珍しく外食をすることにした。
「なんか、今日は、贅沢尽くしだよね」
 サチは目の前のトレーを見ながら言った。
「サチ、その表現、ここでするのはちょっと・・・・・・」
 駅前のショッピングモール内のフードコートで、サチの目の前にはあんかけの皿うどん、コータの前にはうどんとご飯のセットが置いてあった。どちらも、セットで六〇〇円以下のメニューだ。
「だって、休憩でお茶飲んで、スタバまでしちゃったんだよ。それに夕飯まで外だし・・・・・・」
 サチの言葉を聞きながら、コータはやはりサチに苦しい生活をさせている自分の力の足りなさを思い知らさられた。
「サチ、やっぱり引っ越そうか・・・・・・」
 冷蔵庫が小さい、電子レンジが置けない、色々な意味でサチには苦労をさせているから、もし部屋が大きくなり、冷蔵庫が大きくなり、電子レンジが置けて、最終的にベッドもシングルじゃなくダブルに出来たらと、コータは最近思うようになっていた。
「あたしは、あそこでいいよ。それに、みんな親切だし」
「でも、サチの親に場所を知られてるし・・・・・・」
「それなら大丈夫だよ。みんながね、もし、近くで見かけたら、すぐに警察に通報してくれるって言うから、超安全だよ」
 サチは完全にアパートの中の住人と打ち解けているので、コータよりもあのアパートを気に入っていた。
「じゃあ、もう一部屋借りようか・・・・・・」
 コータの言葉に、サチが驚いて顔を上げた。
「片方はサチの名前で借りて、冷蔵庫とか調理器具とか置いて、俺の部屋の方を寝室にするってどおかな?」
「それすごい! そうしたら、みんなにも使わせてあげられるよね」
 サチの言葉に、コータは苦笑した。
「でも、借りられるのかな?」
「訊いてみるよ、家主さんに」
「うん!」
 サチの顔から笑顔がこぼれた。
「ところでさ、やっぱり、今日行ったところは写真撮るの気乗りしないみたいだったけど、次の休みにどこを当たるか、サチ、考えてみてくれる?」
「うん、わかった。あの雑誌見て、それから、リサイクルショップのおばさんに相談してみる。あそこのおばさん、すっごく顔が広いから、もしかしたら、良いところ知ってるかも」
 サチの話を聞きながらコータは、サチはすごいなと思った。
 コータは何年も前からあのアパートに住んでいるが、住人たちとも交流がなかったし、地元の人間との交流もほとんどなかった。
 ただ仕事に明け暮れ、部屋と職場を往復するだけの毎日だったのに、サチは住人とも打ち解け、地域の行事にも詳しく、住民ともやり取りがあった。
「サチはすごいな」
 コータの口から、ポロリと言葉が零れた。
「えっ? どういう意味?」
「俺さ、会社に裏切られたって思ってから、ずっと周りの人間と打ち解けることを忘れてた気がする。正直言って、仕事のこと以外で大将と話をしたのだって、サチの事が初めてだったし。まさか、大将が親身になって俺たちの事を考えてくれて、新婚旅行を有給にしてくれたり、結婚したら、定職に就いた方がいいって、仕事を紹介してくれるなんて、想像もしてなかった。でも、サチのおかげで、俺の世界がどんどん変わっていってる」
「そんなこと言ったら、あたしだってそうだよ。コータに出会う前は、男はみんな獣だとおもってた。女はお金で買うものだって、そうみんなが思ってるって思ってた。だから、コータが部屋に来ないかって言ってくれた時も、正直、きっと部屋に着いたら、嫌らしいことされるんだなって思ってた。でも、コータはご飯を食べさせてくれて、何もしなかったし、しようともしなかった。あたしん家なんてさ、お母さんの相手と二人っきりで部屋にいるだれで、体を触られるんじゃないかとか、嫌らしいことされるんじゃないかって、すごく不安で落ち着かないのに、初めて会ったばっかりのコータと二人っきりで部屋にいても、コータからそういう感じがしないから、ぜんぜん怖くなかった。それを考えたら、コータの方が、あたしにとって、幸運の神様だよ」
 お互いに、相手に巡り合った奇蹟と喜びを感じながら、喧騒に包まれたフードコートでの夕食を済ませた。

☆☆☆

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