冷徹王子と成り代わり花嫁契約
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朝から雲行きが怪しく、霧で遠くが見えなくなるような、そんな朝の日のことだった。
「エリオット王子が公務中に何者かに襲われました」
ヴァローナから、淡々とその報告を受け、私は右手に握っていたペンを落とした。
軽い金属音を立てて、万年筆が机の上を転がるのを、呆然と見つめた。
それから、しばらく自分の空になった手と万年筆を交互に見たあと、私は我に返って顔を上げた。
「お、襲われたって……エリオット王子は大丈夫なの?」
机の上と私の手の甲に零れ落ちたインクを見て、ヴァローナは胸ポケットに入れていたハンカチーフを、無駄のない動きで取り出して私に差し出した。
「王子は剣の腕は確かです。剣術によってどうにか追い払ったようですが……少々、怪我を」
淡々とそう報告するヴァローナの様子が、逆に私の焦燥感を煽り、全身から血の気か引いていくのを感じた。
「私、エリオット王子のところへ行ってくるわ」
ヴァローナから受け取ったハンカチーフで手の汚れを拭き取りながら立ち上がると、ヴァローナは一瞬驚いたように目を見開いて、すぐに無表情に戻った。
「今は控えた方がよろしいかと。相当気が立っていらっしゃいます」
私はハンカチーフをテーブルの上に投げ捨てて、ヴァローナの制止の声も聞かずに部屋を飛び出した。