プロポーズは突然に。




『すごく上手に切れてるよ』

『え?』

『器用なんだね』




恥ずかしくて逃げ出したいと思っていた私に、オーナーはそう言ってくれた。

鏡越しに見えたその顔は同情をしているようにも、お世辞を言っているようにも見えなくて…

それが私をやけに安心させた。





『後ろも上手いこと切れてるし…誰かに教えてもらったとか?』

『…はい。父が昔、美容師をしていて切り方とか、セットの仕方とか教えてもらったことがあって…』

『そうなんだ。お父さん、今は何やってるの?』

『…』

『ん?』

『あ…五年前にメイクアップアーティストに転向して…今はミラノで活躍しています』

『本当?俺の先輩も五年前にメイクアップアーティストに転向してミラノで活躍してるんだよ』

『そう、ですか…』

『でも……香坂……?ミラノにそんなアーティストいたかな…』



オーナーは、私が事前に書いていたアンケートの紙に視線を落とし私の名前を確認しながらそう呟いた。



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