プロポーズは突然に。
慣れた手付きでネクタイを締めながら彼が口にした言葉。
それに反応するように、がむしゃらに洗い物をしていた私の手はピタリと止まり、心臓は音を立て、耳は何も聞きたくないと叫んでいるように思えた。
「桃華、聞いてるのか?」
「…え?」
「だから指輪。次の休みにでも買…」
「…いいっ、いらないっ!」
彼の言葉を遮ってしまうほど、とにかく必死だった。
私の“いつも通り”が壊れてしまうのが怖かったから。
これ以上私を縛り付けるものは欲しくないって、そう思った。
「どうした?」
「…なんでもない。日下さん、もう来るよ」
まだ濡れた手をタオルで雑に拭き、予め側に置いていたトートバッグを片手に玄関へと急いだ。
職場のビルまで送ってもらう車内…
彼は、もうその話には一切触れなかった。