プロポーズは突然に。
小学校の低学年になると、少しずつではあるけれど色んなことを理解できるようになった。
例えば、父がたまに会いに来たときは必ず私の髪を切ったり可愛く結んでくれること。
それがお父さんの仕事なんだよ、と教えてくれた。
そして、父の左手の薬指には指輪が嵌まっていたこと。
これが結婚指輪だということはその時既に知っていた。
だけど、たまに帰ってくる母にはそんな指輪は嵌まってなくて…
それが何を意味していたのかはまだ分からなかったし、聞くこともしなかった。
とにかく父は優しい人で…たまにでも会いに来てくれるのが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
だからこそ別れ際の、ごめんな…と、背中を向けて去っていく父を見るのがすごく辛くて寂しくて。
その気持ちからか、この頃には父が何かを持ってきても“いらない”と言い続けた。
“何もいらないよ。だからもっともっとここにいて。お願いだから一人にしないで”
その気持ちを、音にはできずに小さな胸にソッと閉まったまま。
怖かった。気持ちを言ったら我儘な子だと思われて父がもう会いに来てくれないような気がして…
今思えば、私はこの頃から自分の気持ちを伝えることが苦手だったのかもしれない。