プロポーズは突然に。
同じ頃、父も頭を抱えていた。
父が経営していた美容院にもマスコミが押し掛け、その影響で客足は遠退き、売上げも低迷して…
責任を感じた父は、他のスタッフにオーナーを引き継いでもらう形でその美容院を辞めたのだ。
それから暫くすると、マスコミも周りも飽きたのか面白いほど報道はピタッと止まり、みんなの記憶からもどんどん消えていった。
―――残酷な事実と、深い傷だけを残して。
完全に騒動が終息した頃、久しぶりに父が私に会いに来てくれた。
どんな事情であれ私は父がとても好きだったし、嫌悪感も抱かなくて、ただ純粋に会いに来てくれたことが嬉しかった。
だけど、喜んでいたのも束の間、そのときに告げられたこともまた残酷で…
『お父さんな、イタリアに行くんだ』
『イタリア……?』
『そう、イタリアのミラノっていうとこ。向こうで人を美しくする仕事を続けたいと思ってる』
『…』
何も言えなかった。
だって私は“隠し子”なんだから。
“嫌だ。行かないでよ”
たったこれだけの短い言葉を言うことだって許されないような存在なんだから。
だから…下唇をグッと噛み、
『そっ…か。頑張って、ね』
本当の気持ちを隠し、思いをこんな音に変えた。