秘密の恋は1年後


 社長のことが嫌で避けたわけではない。
 緊張のあまり、動揺していたのもある。
 だけど、やっぱり〝キスくらい〟は大したことではないと、彼が思っていたのがショックだった。

 社長はきっと経験も豊富だろうし、言い寄ってくる女性は多いはずだから、キスなんて挨拶みたいなものなのかもしれないけれど。

 思っていることを伝えられたらいいのに、続いている沈黙が気にかかり、顔色をうかがうことしかできなくなる。
 広々としたリビングは無音で、彼の小さな呼吸がため息じゃなければと願ってしまう。


 指が冷えてきたのでコースターにグラスを置いたら、彼とタイミングが揃った。

 さっき、キスをしていたらどうなっていたんだろう。
 こんなふうに気まずい時間は過ごさずに済んだのかな。それとも、随分簡単に唇を許すのだと、誤解されてしまっただろうか。

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