秘密の恋は1年後

 彼の名前を呼ぶのも、まだ慣れない。
 最中は、ムードに飲まれて自然と口にできていたのが不思議なくらいだ。
 乱れた髪が崩れ、前髪が額にかかっている。会社で見る凛々しい姿も素敵だけど、力の抜けた彼は色気がありすぎると思った。


「――ん?」

 薄目を開けて手を伸ばした彼が、大きな手のひらで私の左頬を包み込む。
 親指で唇をなぞり、ぼんやりと見つめてくる。


「あと少しで十八時になります」
「……あぁ、ちょっと寝過ぎたな。ごめん、暇だったか?」
「いえ、私もついさっきまで一緒に眠っていたので」
「そう」

 ゆっくりと上体を起こした彼は、逞しい身体を晒したまま後ろ手を突く。


「それで、あの……今夜は、帰ってもいいですか?」
「理由は?」
「…………」

 自分に自信がないからだなんて、理由になるのだろうか。
 それに、一線を越えた後に距離を取ることは、男性の行為に不満足という意味があると、いつだったか見聞きした記憶をこのタイミングで思い出してしまった。

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