クールな社長の耽溺ジェラシー
「……ここ、崩れてる」
「え? わっ……!」
大きな手で頭のてっぺんをするりとなでられる。思いもよらぬ行為に動揺して、肩をびくんと大きく揺らしてしまった。
「ヘルメット脱いだときに乱れたんだろうな。……ん、ちょっとマシになった」
うなじあたりでひとつに束ねた髪の頭頂部分が崩れていたらしく、なでつけて直してくれた。たぶん、また髪はひょっこりと出てくるだろうからあとで結び直そう。
「あ、ありがとうございます」
気恥ずかしくてやっぱり顔をあげられずにお礼を言った。昼間の暑さが戻ってきたみたいに頬が火照りだし、全身が熱くなる。
「襟も折れてる。直したほうがいい」
「あっ……」
自分で直すより早く、首裏の襟を整えてくれた。それを見ていた広瀬さんは「うっわ……」と目を瞬かせた。
「新野さん、モテるでしょ?」
「なんでそうなる」
冗談まじりでたずねる広瀬さんに、新野さんは真顔でハテナマークを浮かべた。
「いやいや、無自覚イケメンって罪ですよ。それとも、この前の話……やっぱり付き合うことになったんですか?」
広瀬さんはにやにや笑いながら、私と新野さんを交互に見てきた。
「ち、違います。付き合いません」
そう。この前の「よかったら俺が付き合うけど」というありがたい申し出に、私は「一緒に下見してもらえるだけで充分です」とお断りを入れた。
そもそも、広瀬さんとも本気で付き合うのではなく、下見をしながらデートというものを教えてもらおうと思っただけだった。本当に彼氏を求めたわけではない。
「下見は来週だな。また連絡する」
「はい、よろしくお願いします」
男性とふたりでいたら、どういう街並みだと歩きたいと思うか、どこで立ち止まりたいか……見えてくるかもしれないと思うと、楽しみではある。
笑顔でうなずき、この前挨拶のときに交換した名刺を思い出す。新野さんのそれは、白地に黒一色で文字が印刷されていて、服装と同じくシンプルで彼らしかった。