クールな社長の耽溺ジェラシー


「頑張りましたから」

夕がいるからこそ、もっと頑張りたいと気合いが入った。夕のことがいい方向に作用している。私も夕にとってそういう存在でありたい。

「……って、ウワサをすれば……あれって新野さんじゃね?」

駅前で足を止め、広瀬さんがこちらに歩いてくる人を見た。たくさんの人たちで溢れるなか、飛び抜けてかっこいい人がいる――夕だった。

仕事の移動中なのか図面ケースを肩にかけ、前にスタジアム近くの現場で見かけたことがある部下と一緒に歩いていた。

向こうも私たちに気づくと、夕は眩しいくらいに微笑んでくれた。

「えっ、新野さんめっちゃ笑ってんだけど」
「いつもあんな感じですよ?」
「ウソ!? あの人は真顔がデフォでしょ」

もう見慣れた夕の笑顔は広瀬さんには衝撃的だったらしく、目をぱちくりと瞬かせていた。

「お疲れ。このあたりが現場だったのか?」

部下の男性と一緒に近づくと、私たちに声をかけてくれた。

「あ、はい。ていうか、新野さん笑うんですね」
「ああ、小夏の前だけな」

すぐそばに部下がいるのに、さらっと言うからこっちが慌てる。広瀬さんは「のろけとか独り身につらいんですけど」と肩を落としていた。

私たちの関係を知っている広瀬さんはともかくとして、部下にこんな社長の姿を見せていいのか心配になる。

気になって黒髪マッシュに大きめのコートを羽織った部下に視線を向けると、出会ったばかりの夕のように真顔で興味なさげに立っていた。


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