クールな社長の耽溺ジェラシー
「あ、そろそろ打ち合わせ……」
翌日、オフィスで設計をしていた私は、パソコンに表示された時計を見て手を止めた。これから広瀬さんと、主任の瀬那(せな)さんと一緒に打ち合わせがある。
荷物を持って廊下に出ると、ひとつ上の階にある会議室へ行くために階段へ向かった。エレベーターを待つより早い。
早足で歩いていたものの、廊下から階段へつながる扉を開いたとき、誰かの話し声が聞こえてきて思わず足を止めた。
「今回のプロジェクトから外してもらえませんか?」
耳馴染のある声に、持っていた図面ケースを落としそうになる。――この声、正司さんだ。
「離れたいって……街のライトアップのやつだよな。この前、一回目の会議があったところだろ?」
扉からそっと顔を覗かせて踊り場を見下ろすと、正司さんと一緒にいるのは設計部の部長である笹部(ささべ)さんだった。彼も私たちと同じ照明を担当している。
ふたりは昔、笹部さんが正司さんの教育担当をしたこともあって仲がいいけれど、いまは当然飲みの誘いなどといった話ではなさそうだ。
「どうした、昔の後輩と仕事するのがいやか?」
笹部さんの口調は軽いものの、どこか正司さんへの思いやりも感じられる。彼の温かみのある人柄を知っているからかもしれない。
「そうじゃないですよ、僕は誰と仕事したって構わないんです。ただ、新野くんがやりにくいと思って」
「新野がそういうの気にするタイプかよ」
私から見てもそういう繊細なタイプには見えなかった。
だけど、新野さんが“やりにくい”ではなく“いやだ”ということなら話は別だ。私には理解できないけれど、彼は正司さんをあまり好きではないようだった。
「まぁ、そうですね。僕が気を遣い過ぎかな」
曖昧に笑う正司さんはまだなにか言いたそうにも見えた。
昨日から様子がおかしい気がしていたけれど、まさかここまで思い詰めていたとは思わなかった。
私は憧れの正司さんと、気になっていた新野さんと一緒に仕事ができるとすごく楽しみにしていたのに。ひとりだけ舞いあがっていたのかもしれない。
ショックを受けていると、作業着に入れていたスマホが震えた。もうすぐ打ち合わせの時間だと知らせるアラームだった。
会議室に行かないと。まだ話を続けているふたりにうしろ髪を引かれたけれど、階段はやめてエレベーターで向かうことにした。