クールな社長の耽溺ジェラシー
「えーっと、それじゃ、今日の締めとして俺たちだけでもう一回挨拶しますか。ていうか、俺が仕切っていいんですかね?」
会議が終わった途端、素に戻った広瀬さんはクリリとした目で正司さんや新野社長の様子をうかがった。
「ああ、頼む」
さきにうなずいたのは新野社長だった。短く答えると、正司さんをちらりと見る。だけど、正司さんは新野社長にはいっさい目もくれず、ノンフレームのメガネを中指で押さえると柔らかな笑みを浮かべた。
「そうだね、お願いするよ。設計については新野くん……いや、新野社長を中心に進めていくけど、打ち合わせや会議に関してはこれから広瀬くんが仕切ってくれると助かるかな」
どことなくぎこちない笑顔を浮かべる正司さんに違和感を覚える。まるで新野社長を避けているみたいだ。
入社十五年目の三十六歳でベテランの正司さんは、先輩風を吹かせることもなく、どんなときも同じ目線で接してくれて人当たりがいい。だから、こんな風に誰かを避けるところは初めて見た。
もしかしたら体調が悪いのかもしれないと心配になる。
「あの、正司さ――」
「じゃ、それぞれ自己紹介を……って言っても、俺たち新野さん……じゃなくて、新野社長のこと知ってるんだよね。知らないの、こなっちゃんだけ」
正司さんに声をかけようとしたら、広瀬さんに話を振られて、つい「へ?」と間抜けな声がでた。
「そうなんですか? いつの間におふたりは新野社長と……?」
どこかで一緒に仕事をする機会があったのだろうか。
「四年前までここで働いてたんだ」
答えてくれたのは新野社長だった。
「えっ……こ、ここって……閂建設で、ですか? 新野社長が?」
思わず、自分が立っている床を指差すと、新野社長は「ああ」と短く返事をした。
閂建設は、道路や橋、ダムや上下水道などライフラインが関係する土木工事から、官公庁の施設、ビルなどの商業施設やテーマパークの設計、建設など多くの事業を行っている、業界最大手の建設会社だ。
都心に地上五十二階、地下二階建ての重厚な自社ビルを構え、従業員は全国に一万人以上、本社だけでも約四千人を抱えている。
私や広瀬さん、正司さんはそこで照明の設計や積算を任されていて、主に内勤だけど現場の確認や打ち合わせなどで外へ出ることも多い。
そんな自分たちと同じ場所で、新野社長が働いていたなんて思いもよらなかった。