治癒魔法師の花嫁~愛しい君に誓いのキスを~
王さまの玩具
夜。
一迅(いちじん)の風が雷雲を従えて、人間と妖精族の世界を分ける苦山(ピッター・ベルク)までやって来た。
今まで輝いていた満天の星々が。
月が。
あっという間に分厚い雲に喰い尽くされ、消えてゆく。
それは、まさしくここに集った者たちの不安を表わしているようだった。
彼らは、人間が築いた国、グランツ王国の兵士だ。
三年ほど前。
国を二分する大貴族の一人、ラファエル・フォン・シュヴァルツシルトが苦山で妖精族を守る守護者と戦って、敗北したという。
配下の兵士たちは、ほとんど無傷で命からがら逃げて来た、というのに、主たるラファエルは、一人、帰って来なかった。
以来。
何組かの貴族や、貴族に雇われた傭兵が、この苦山を陥落させようと攻め立てたが、誰も妖精族の国に入るどころか、守護者と戦って勝てる者はなかった。
そして現在。
この苦山に居るのは、その事態を見かねてやって来た、もう一人の大貴族。
リーンハルト・フォン・ヴァイスリッター……男装したリーゼが率いる部隊だったのだ。
ギラッ! ババババッ! ドォン!
雷(いかずち)が落ちた木が、周辺の下草を巻き込み燃えあがる。
分厚い雷雲が星灯りを消して、漆黒の闇に沈んだはずの辺りが急に明るくなった。
そうやって見えたものに、リーゼは叫んだ。
「シュヴァルツシルト家の剣イーゴン……! ラルフの剣だ!」
「な……なんですって!?」
高く上がる主の声を聞いて、パウルは目を見開いた。
パウルは、リーンハルトの従者として仕え始めてまだ、二年。
未だリーンハルトの正体を知らないパウルは、今まで主人のこんな大声を聞いたことが無かったのだ。