治癒魔法師の花嫁~愛しい君に誓いのキスを~
 自分の家とは、ライバル……と言うより、半敵対関係にあるはずの貴族の家に代々伝わる剣の姿を見かけた途端。

 自分がどんな立場でどこにいるのか我を忘れてしまったのだ。

 リーンハルトは今、妖精族との激戦地区だと悪名高い苦山の山腹に、何百もの手勢を率いて登っているところだ。

 進軍命令につき従った配下の者全員を、危険にさらすように、隠れ場所から駆け出しそうとしているのがパウルには信じられなかった。

 そして、もっと信じられないのは。

 無風の湖面のように落ち着きはらっていた心を、嵐のようにかき乱している様子を、その美しく整った顔に出してしまったところだ。

 いつも穏やかに……あるいは、何を考えているか判らない人形のように。

 うっすらとした微笑みを張り付けとり澄ましていたのに。

 炎に照らされ映る表情は、泣きだしそうだった。

 その様子が、一瞬。

 可愛い女の子の顔に見えて、パウルは、慌ててそんな事はない、と首を振る。

 リーンハルトの隠された気性は激しい。

 グランツ王国では、貴族の財産と地位を女子が継ぐことを許されてはいなかった。

 女の子、なんて家の存続に関わる様な侮辱をすれば、次の瞬間、無言で繰り出された剣一閃。首と胴が離れても文句が言えないのだが。

 燃え盛る炎の前に飛び出ようとする無謀な主を、バウルは、慌てて羽交い絞めにした。

「何をする! 離せ、パウル!」

「離しません! ここを出て何をするおつもり何ですか!」

「ラファエルどのの剣、イーゴンを回収する! あの剣はこんなところに置き去りにしてはいけないんだ!」

「あの剣は、我が家の秘宝ではないです!
 それに、一体『どこに』刺さっている、と思うんです!」

 そう、バウルに必死に叫ばれ、リーンハルトは僅かに我に帰って、辺りを見……ふ、と力を抜いた。
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