治癒魔法師の花嫁~愛しい君に誓いのキスを~
 …………

 ………………

「…………ハルト。
 おい、リーンハルト・フォン・ヴァイスリッター、そろそろ起きろ」

「…………う……ん」

 何か、とても面白がっているような。

 ヒステリックな笑いをこらえているような男の声が、リーゼの耳元で響いた。

 尊大で皮肉っぽい声に言われるまでも無い。

 リーゼもさっさと目を開いて、辺りの様子を知りたかったが、カラダが重く、瞼は、更に重かった。

 何があったのか思い出せなかったが、辺りを漂う、ふわり、とした甘酸っぱい匂いの残り香に覚えがある。

 グランツ王国を二分する貴族のうち、魔法分野に特化したシュヴァルツシルト家、秘伝の眠り薬だ。

 強力な魔法がかかっているので、この香りをかいで目を覚していられるモノは、ほとんどいない。

 苦山に住む伝説の竜と魔法が全く使えない代わり、自身も全く魔法の効かないという噂の、シュヴァルツシルト家次期当主の候補者だったラファエルぐらいだ。

 剣の腕前は王国一でも、魔法の耐性は、ごく普通であるリーゼはひとたまりも無い。

 深い眠りから起こされても、再び遠のきそうな意識をなんとか保つのが精いっぱいだ。

 リーゼが中々目を開かないのに、苛立ったらしい。

 先ほどから、リーゼの表向きの名前を呼んでいた男が、更に言葉を紡いだ。

「貴様が世のベッドを占領し、何時までも淫らな姿のまま横たわっていると言うのなら。
 そのカラダを世に献上しに来たとみなして……犯すぞ」

 などと、なにやら不穏なことを言い放たれ……実際。

 リーゼの着替えを手伝う、この世で一番親しいメイドにも触らせたことのない場所をペロリと舐められ、全身の鳥肌が立った。

「…………っ!」

 リーゼは、開かない目を無理やり開き……自分に何が起きたのか確認し、改めて気が遠くなりかける。

 どうやらここは、グランツ王国のヘンリー王、私室のようだった。
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