気がつけば・・・愛
午後三時から出かけるという良憲さんに合わせて
少し早めの昼食をとり

大きな座卓のある部屋で向かい合った

シンとした部屋と
墨の匂いがして落ち着く

「始めましょうか」

「はい」

背筋をピンと伸ばして
筆に墨を含ませた


目の前に座る良憲の息遣いを感じる以外
どこまでも静寂に包まれ

心の中が浄化される気がする
二人の時間を
そんな風に都合よく解釈する中

携帯が短い着信を知らせた

少し躊躇う胸の内を

「どうぞご遠慮なく‥」

良憲さんが後押しする

筆を置いて部屋の隅に置いた
ハンドバッグを開けると

夫からのメールが入っていた

【夕方通夜に参列する
手伝いがあるから四時には
一緒に出る】


ーーっーー

“一緒に”って・・・
夫婦で手伝いもするなんて
参列するような近しい人?

聞かされていないことへの不安感と
少し早めに帰らなければいけない寂しさで
あっという間に表情が曇る

「どうかしましたか?」

筆を持ったまま顔だけこちらに向いた良憲さんに

「用が出来ました
少し早めに帰りますね」

ポツリと足元に言葉を落として
座り直した
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