気がつけば・・・愛
結局のところ
良憲さんより先に寺を後にした

夫が予定より早く戻ったら・・・
そんな不安が頭を過って

写経の文字が乱れ

それに気づいた良憲さんに
「また次の機会に」と筆を取られたからだ

邪心だらけで不安定
良憲さんが絡むと余裕なんてない

なんとかやり繰りして
少しでも時間を共有したい

それがままならない現実に
いつものため息が数を増やした


・・・


読み通りに少し早く帰って来た夫と
郊外にある葬儀場へ

夫が若い頃お世話になった
塾長先生が亡くなったと
車の中で説明を受けた

会場の入り口で受付を済ませると
椅子席は半分以上埋まっていた

夫に続いて腰掛けて祭壇を見ていると
後ろの席から
「三木先生」と
声がかかった

振り返った夫と合わせるように
振り返ってしまった

「あら、こんばんは」

視線の先にいたのは
同じ塾で講師をしている女性

夫に声を掛けたのに
私まで振り返ったことに怪訝な顔をした

ーー感じ悪いーー

確か・・・藤村先生

「・・・こんばんは」

小さく会釈すると
前に向き直した

夫の下の名前を呼んだ訳じゃないから
名字だけなら私が振り返ってもおかしくない

それなのにあからさまに
怪訝な顔をしたのは?

少し引っかかる思いは
会場のアナウンスで流された

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