気がつけば・・・愛
「手伝いを頼む」

通夜が終わるとそれだけを残し
夫は職員が集まる中へと行ってしまった

携帯をマナーモードにして
ポケットに入れると
黒いエプロンを着けた

弔問客への通夜振る舞いは
大広間に揃えられ

額に汗が浮く程忙しくて
余計なことを考えずに済んでいたのに

何気なく夫が座る輪の中に視線を移すと
背中を向けた夫の隣に張り付く藤村先生が目に入った

特にどうという訳ではないけれど
二人の座る姿を見て直感的に閃いた

火曜日の愛人はこの人だと確信する


二人を見ていたのは
たぶん数秒
それなのに・・・

クルりと振り返った藤村先生は
目が合うと真っ赤な唇を少し開いて不敵に笑った

ーーっーー

悲しくない
辛くもない
それは私の中の夫への感情が
欠乏してしまったからかもしれない

私よりずっと年上の藤村先生
たぶん夫よりも・・・年上

私より親密で
私より・・・

瓶ビールの入った手提げカゴを持ったまま
立ち尽くしていた私に

「頂いていくわね、お手伝いさん」

捥ぎ取るようにカゴを引いたのは
いつのまにか近付いていた藤村先生だった


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