海賊船「Triple Alley号」

勝敗は10分と掛からずに着きました。大将を失った手下たちは尻尾を丸めて逃げ去り、町に入り込もうとして下層甲板大砲隊からの弾幕を浴びました。町に逃げるのを諦め、町との境界線を迂回して向こうの海岸に逃げていく者達については、一味は何の攻撃もしませんでした。
一味は誰1人として死者を出さず、少数の怪我人だけで済みました。互いに助け合い、協力して敵を討ち取ったのです。三日月の彼女も無傷で帰ってきました。
「虎」は全身に返り血を浴びていました。元々臙脂色だった服が今や真っ赤に染まり、裾や犬耳からも滴がポタポタと溢れ落ちています。なのに彼はとても嬉しそうでした。ハンサムな顔に見え隠れする狂気は、夢に出てきそうな程です。
それと対称的に、「山猫」は真っ白なままでした。血の一滴どころか泥すらついていません。代わりに赤く染まったサーベルを振り、優雅な仕草で鞘に収めました。これはこれで怖いです。

敵が残らず消えたのを確かめ、一味は揃って町に入りました。先程は戦いに加わらなかった「豹」が先頭です。食糧の買い足しや火薬などの補充が目的で、ここには2日程滞在する予定です。
町の人々はさぞ怖がるだろうと思ったのですが、大歓声で迎え入れられました。どうやら今回戦った相手はこの町の住民に相当な乱暴や強奪を働いていたようで、それを倒した僕達はヒーローのように扱われました。3船長などは早速女性に取り囲まれてサインをせがまれています。船長包囲網の中にシゲを発見しましたが、そっとしておきました。
ハルタはどこだろうと探していると、三日月の彼女が1人でいるのを見つけました。何だか放っておけなくて、僕は彼女に近づきました。
「ね、ねえ君!」
「!」
彼女はパッとこちらを振り向き、にっこり笑って手を振ってくれました。駆け寄り、先程見た勇敢な姿勢に賞賛を送りました。彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめましたが、喜んでくれました。
「僕なんか後方支援部隊ですよ。自分が情けなくて……」
「そんなことないわ、後方支援は大事よ。貴方達のおかげで、私も安心して戦えるの」
「で、でも僕なんか観戦しかしてなかったですよ」
「あら、それはとても良いことよ。もし残党が総船長狙って飛び出してきても、素早く対応出来るじゃない!」
彼女のポジティブシンキングが僕を慰めてくれました。それと同時に誇りも持てました。だって、僕達だって総船長を守り抜いたのですから。
勇気を出して彼女を買い物に誘うと、あっさりOKされました。荷物持ちを任されたことで、更に自分が誇らしく思えました。
彼女は新たな武器と服を買いました。驚いたことに、僕の服まで一緒に買ってくれたのです。嬉しいやら何やら、顔が綻ぶのを止められません。
「あ、ありがとうございますっ!!!」
「いいのいいの、たまたま似合うのが見つかっただけだから」
彼女はまた赤くなりながらそう言いました。期待してしまってもいいのでしょうか。
人生最高の買い物を楽しみ、2人で町外れの浜辺にやって来ました。「Triple Alley号」は遠くに見え、先程の血生臭い戦いが嘘のように穏やかな海が広がっています。
端から見ればカップル――そう思うと体がカチカチになり、上手く動きません。彼女はぼんやりと海を眺めています。
暫く無言の後、僕は決心して訊きました。
「な、名前は何ていうの?」
「私?私は、ルナ。ルナ・グリーズよ」
「ルナ……月の女神……ぴったりの名前、だね」
「そうかしら?私は大層な名前だと思ってるんだけど……」
「そんなことないよ、だってこんなに――」
美しいじゃないか、なんて流石に言えません。顔が熱くなり、俯いて無意識に砂を摘まんで揉み崩しました。
三日月の彼女――ルナは僕の名前を既に知っていました。歳は僕の1つ下でしたが、僕よりずっと長くこの海賊団にいるそうです。

彼女と話せたことで舞い上がっていた僕の気持ちは、風船のように萎んでいきました。名前を聞いた後からずっと、彼女は3船長の話ばかりしています。
「……でね、その時豹船長が何て言ったと思う?」
「え、ええと……何ですか?」
「山猫船長よりは面白味があるって、虎船長を擁護したの!山猫船長のあの顔ったらもう、最高だったわ!!」
「へ、へえぇ……」
ルナはかなり昔から3人のことを知っているようでした。訳を尋ねても曖昧な返事しか返ってきません。
このままだと3船長の日常話で頭が埋め尽くされそうだったので、僕は大胆にルナの話を切り上げることにしました。気を悪くしないよう、ちゃんと考えてあります。
「そうだ!君って剣術がとっても上手いよね!僕に教えてくれない?」
「え?」
彼女はポカンと口を開け、何を言われたのか分からないという顔をしました。
「剣術の稽古だよ!僕に教えてください!!強くなりたいんだ!」
「……え…?」
「お願いします!代わりに荷物持ちでも何でもしますから!」
海軍の情報を聞き出されるのだけは御免だけど。心の中で呟きながら頭を下げます。彼女は暫く呆然としていましたが、段々顔が輝き始めました。
「やだ……私、今まで教えてなんて言われたことないの!!どうしよ~!」
どうしようと言いながら既に鞘からカットラスを抜いています。よし、と拳を握り締めました。これで定期的に彼女に会う口実も出来ました。
「ま、まあまあ、まずはお顔をお上げになって。それから、私の動きをよ~くご覧になって」
急に澄ました口調になり、ルナはカットラスを上げて振り落としました。カットラスが手から滑り落ち、地面にぶつかって金属音を立てました。
僕達はそれを見たまま固まっていました。
「……あ、あら!粋の良い剣だこと!」
オホホホ、と笑い飛ばして再び剣を握り、また振り下ろしました。一体何をしているのでしょう。
「次にこうやって」
動き的には突こうとしたようですが、切っ先が地面に引っ掛かってやはり滑り落ちました。
彼女は教え方が下手でした。更に、実戦以外では剣をまともに持つことさえ出来ない人だったのです。戦闘番長がここにもいました。いや、「虎」は普段からまともに剣を持っていますが。
ルナはショックで落ち込み、踞って動かなくなりました。どうすればいいのだろうと眺めていましたが、ふと髪型に目を止めました。確か、戦闘中に見た時は長い髪が邪魔にならないよう括っていたはずです。
僕の中で何かが閃きました。ルナの肩を優しく叩き、泣きながら顔を上げた彼女に笑顔で提案しました。
「髪を括ってみたらどうかな?そしたら出来るんじゃない?」
「え?あ、ああ!その手があったわね」
ルナはよく分からない反応をしながら髪を素早くまとめました。その仕草にドキッとしてしまいました。髪を上の方で1つにまとめた彼女は、雰囲気が途端に様変わりしました。
「さあ、始めましょう!剣の準備はいいかしら?」
「あ、はい!」
先程骨董品店で本当に買った古ぼけた剣を持ちます。彼女は基本の構えや姿勢、剣の正しい持ち方などをきびきびと教えてくれました。先程の彼女はどこへ行ったのでしょうか。

一通りの作法を学び、休憩を取ることにしました。
へたりこんでいると、背後から近付いてくる気配と足音を感じました。慌てて振り返ればなんと、3船長が立っていました。3人とも疲れたような顔をしています。「虎」の犬耳も力なく項垂れていました。戦闘直後は生き生きとしていたので、恐らく町に着いてから体力を消耗したのでしょう。
一段と疲弊した様子の「豹」が、それでもにっこり笑いかけました。この人は笑顔を絶やさないのがモットーなんだな、と思いました。
「2人とも、剣術の稽古かい?」
「はい、ルナさんに教えてもらってます」
「剣だけでいいのか?」
「…えっ?」
「虎」が期待の眼差しを送ってきました。手に銃を構えています。
「銃は?いいのか、やらなくて?」
「え、えっと……勿論、使えたら使いたいなとは…」
「俺な、昼間はいっつも暇なんだ!!することないから藁人形作って特訓してんだ!!」
「ええっ!?あ、はい…?」
「1人だと寂しいなーとか思ってたんだよなー!!」
「……あの、僕に銃の使い方を教えてくれませんか?」
「おうよ!!そうこなくっちゃな!」
「虎」は子供のように笑い、はしゃいでいます。犬耳も元気を取り戻したように揺れています。隣で「豹」は苦笑いし、「山猫」はまたかと言う表情で横目に見ています。
ルナを盗み見ると、感動したような顔をしていました。先程の話しぶりと言い、3船長の崇拝者3人目でしょうか。急に3船長が憎くなってきました。
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