海賊船「Triple Alley号」
「虎」の改良したマスケット銃は随分と使いやすくなりました。元々は丸さんが言っていたようにマッチロック式だったそうなんですが、今ではマッチ要らずのフリントロック式と言うものに換わっています。その代わり精度が落ちるから腕を磨けと言われましたが、それでも僕には今の方が合っています。
「虎」とルナの特訓のおかげで、1週間もする頃にはかなり武器の扱いに慣れ、種類も見分けられるようになりました。相手の急所を正確に狙い、斬ったり撃ったり出来るようになりました。
このことをマルクル大佐に報告しましたが、僕が期待したような返事は返ってきませんでした。
「訓練もいいが、豹につけ込むチャンスもちゃんと探すように」
「わたしはお前に人殺しをさせる為にこの任務を引き受けた訳じゃない」
「うっかりその『トッコータイ』とやらにでも入れられてしまったらどうするんだ」
まるで父親のように口を酸っぱくして説教を始めたのです。心配してくれるのは勿論嬉しいし申し訳ないとも思いますが、少しは褒めてもほしいものです。
ムカムカしたので手紙を鞄に押し込み、役目を終えて寛いでいる伝書鳩を窓から外に出してやりました。自由に飛ぶ時間をやろうと思ったのです。鳩は嬉しそうに羽を広げて飛び去りました。月に飛び立つ彼女の羽が銀色に輝いて見えます。その姿がルナに重なりました。
そう言えば、まだこの鳩に名前をつけていませんでした。ちょっと考え、ルナに肖って「セレーネ」と名付けることにしました。
***
窓を何かがつつく音がした。開けると、真っ白い体の伝書鳩が飛び込んできた。今日は手紙を持ってない。
「お前、誰の手紙を運んでるんだ?」
指を甘噛みしてくるそいつを手に乗せ、目の高さまで持ち上げた。鳩は答えない代わりに首を傾げた。
「虎兄さん、何をしているのですか」
ヨシノがやって来た。石鹸の臭いがプンプンしている。それは俺も同じだった。
ヨシノみたいに白い鳩を見せると興味を持ったようで、覗き込んできた。
「またこの鳩ですか……今日は何をお話したんですか?」
「それが、こいつ今日は何にも言わねぇんだ」
鳩は黒い目をパチクリさせた。試しに名前を訊いてみる。
「名前は何てんだ?」
『まだ決まってないよ』
鳩は嘴を動かした。俺にしか聞こえない言葉だ。
「名前のこと訊いたら答えてくれたぜ。まだ決まってないって」
「……そうですか」
ヨシノは疑わしいと言うように俺を見ている。俺の話を半信半疑で聞いてることぐらい知ってる。もう長い付き合いだしな。
何か食べさせてやろうと鞄を探っていると、ドアが開いてノブが帰ってきた。青い部屋着を着ている。髪の毛が乱れてるから、また夜風に当たってきたんだろう。昔からの癖だ。
「おっ、鳩かい?」
「おうよ。この前は色々話してくれたのに、今日はあんま話してくれねぇんだ」
「そうなんだ。機嫌でも悪いのかな?」
「そんな感じじゃねぇんだけどなぁ…」
具合が悪いのかと訊くと首を振った。ヨシノは興味を無くして離れ、鏡を見ながら櫛で髪の毛を解き始めた。その横でノブは髪を巻き直している。2人とも、女子か。俺なんて乾かしも解きもしないで寝てるけど問題ないぞ。
鞄から粟の入った袋を探し出し、鳩が食べやすいよう掌に出してやる。鳩は待ってましたとばかりに粟に食らいついた。
粟って美味いのかなと思い、食べようとするとすかさずノブに止められた。
「生で食べるなよ、食べるんならちゃんと炊いてから」
「だって、面倒臭くねぇか?これぐらいじゃ腹壊さねぇって」
「駄目なものは駄目。昔に戻る気か?」
これは痛い言葉だった。しょうがないから諦めて、美味しそうに啄む鳩を眺める。腹が鳴った。粟の代わりにこの鳩を食べようかなと思ったが、今度はヨシノに阻止された。
「先程夕食を食べたばかりでしょう」
「……分かってる……分かってるけど……」
唾液が出てきた。空いている指に噛み付いて空腹を誤魔化す。自分の血を舐めたら、少し落ち着いた。この癖はまだ直らない。いつ飢餓状態になっても困らないようにって、体が常に食糧を欲しているんだ。
全部食べ終えた鳩を、残念だが窓から逃がしてやった。後で何か食べよう。咥えた指に歯を立てた。自分の血でも美味しいと思える辺り、俺って変人かな。
***