海賊船「Triple Alley号」

海賊達との衝突は、それからも数回起こりました。
今日もまた襲撃です。上陸せず、海の上で船同士をぶつけて戦う手筈になっています。今回の敵は非常に大きな海賊団の傘下に入っている下っ端軍団なので、大物を仕留めたい「虎」は少し不満そうでした。
しかし、情報収集班はどこからこれだけの情報を得てくるのでしょうか。奇襲作戦から何から、全て事前に細部まで収集してくるのです。
「豹」と「山猫」は船長室の屋根に立ち、敵船の甲板で踊るように戦う「虎」を眺めています。
僕は変わらず後方支援でしたが、並ぶ位置は前寄りになりました。これでも昇進した方です。シゲなんてまだ最初の位置から動いていません。
ルナは「虎」の右後ろを守って果敢に戦っています。蝶が舞うように軽やかな動きです。彼女のおかげで、僕も剣術がだいぶ上達しました。
敵の1人が隙をついてこちらの船に侵入してきました。「豹」をまっすぐ目指し、短剣を片手に駆け登ってきます。攻撃しようと準備しましたが、「豹」はそれを何故か制止しました。右手に持っていた銃――後にショットガンと呼ばれることになる鳥撃ち銃で敵に狙いを定めます。
総船長が直に人を殺す場面など初めて見ました。小気味のよい音がして、敵はドサッと甲板に落ちて動かなくなりました。「豹」は何事もなかったかのように「虎」を見守っています。毎度のことですが、3船長の戦い方には寒気がします。
「豹」が突然スナイパーライフルを構え、激しく動き回っている敵を狙撃しました。その影で負傷していた味方が辛くも難を逃れました。今思い出しましたが、「豹」も腕利きのスナイパーでした。
横に並んでいたタニさんが興奮した様子で話しかけてきました。
「総船長が手を下したんだから、もうあいつらの運も尽きたな」
「えっ、あれだけでですか?」
「あのお顔を見ろよ」
背はここ数ヶ月で確かに伸びているのですが、それでもまだ船長の顔を覗くことは出来ません。
「豹」が突然シルクハットを投げ捨てました。金髪が太陽を反射してキラキラしましたが、あっと思った時には既に残像も消えていました。「山猫」の姿もありません。「山猫」が行ったのに、タニさん達は後を追いませんでした。
タニさんがシゲのように跳び跳ねました。
「ほら、始まったぞ!!」
用意していた双眼鏡を覗きます。どうやら事前に立てていた作戦を変更したようです。特攻隊達の動きが変わっていました。
揃った3船長を残して退却し始めたのです。ルナも戻ってきました。
敵が動揺して動きを止めました。3人を取り囲みはしたものの、足がすくんで手が出せないようです。よく見ようとして僕もシゲのようにジャンプしていました。しかし船員が全員同じように跳ねていたので何も分かりません。見兼ねたタニさんが肩車をしてくれました。グッと目線が高くなり、見晴らしが良くなりました。
3船長が互いの背を預け合い、小さな正三角形を形作っていました。全員帽子を脱いでいます。特攻隊の何人かがそれらを持って待機していました。
寒気とは違う理由で鳥肌が立ちました。
それまで狂喜していた「虎」は笑うのを止め、見たこともないような真剣な顔で敵を見据えています。犬耳も大人しく風に揺られています。右腕のフランベルクを正面にまっすぐ突き出し、ピストルを持つ左手と60度程の間隔を空けています。「山猫」は僅かに頬を紅潮させ、2本のサーベルを「虎」と同じように構えています。
2人が結束して「総船長」の背中を守っていたのです。
その「豹」は敵船のキャプテンを真っ向から睨み付け、散弾銃を向けています。やはり60度間隔でライフルを握っています。
6方向を守り、お互いの左右もカバーし合う……海よりも深い信頼関係を結んでいなければ出来ないような芸当です。
真上から見下ろせたなら、3人のその姿はまるで雪の結晶のように見えたことでしょう。まるで見えない信頼の糸が3人を1片の六花に繋いでいるかのようでした。
キャプテンが震えているのが僅かながら確認出来ました。僕も震えていました。
シゲやハルタの気持ちが漸く解ったのです。その前に海軍である以上敵なんですが、今だけは全てを忘れて目の前の光景を目に焼き付けたかったのです。

数秒の膠着状態が数分にも感じられました。
動いたのは「豹」でした。ライフルの撃鉄を完全に起こし、引き金に指を掛けました。その金属音が合図のような役割を果たしたのです。
ものすごい爆発音がして、一瞬後には囲んでいた敵の前列が1人残らず血を流して倒れていました。何が起きたのか全く分かりません。
特攻隊が撤退した理由が判明しましたが、3船長が揃っている時は一緒に戦うのはとても無理ですね。巻き込まれてもおかしくありません。どころか、戦場にもなっていない船の上で見守る僕達まで危険な気がしてきました。
後列の手下とキャプテンが怯みました。キャプテンを守っていたはずの手下達が「豹」の気迫に圧され、腰を抜かして逃げ出しました。キャプテンの顔が恐怖に歪みました。膝をついてガックリ項垂れ、失禁しています。
3船長は無駄な人殺しを避けました。「豹」が狙撃銃でキャプテンの心臓を正確に狙い撃ち、決着が着きました。
茫然自失として跪いた手下共を気にもかけず、3船長は僕達の元へ帰還しました。今回の怪我人は「豹」が助けた1人のみでした。
僕達が離れていく間中、手下達は甲板に伏せたままでした。
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