海賊船「Triple Alley号」
次々にやってくる戦いをくぐり抜け、いつの間にか潜入してから1年が経っていました。僕はこの1年で身長が15㎝も伸び、声変わりしてだいぶ大人らしい体つきに成長しました。マルクル大佐からは「再会が待ち遠しい」との返事。何だか照れ臭いですが、嬉しいです。
シゲとハルタも変わりました。ハルタなどは僕達より頭1つ抜きん出て、ひょろひょろになりました。シゲの背はあまり伸びませんでしたが、その代わり肩ががっしりとし、随分と逞しくなっています。
シゲはほんの2週間前に昇進し、タニさんと同じ部隊に配属されました。ハルタも照準を合わせる役目を卒業、今では下方甲板大砲隊の全体的な指揮を任されていました。
それなのに僕だけがまだ後方支援部隊でした。総船長に1番近い位置での護衛も確かに誇らしいのですが、何故かそこから上がれません。僕が実は海軍の極秘任務でここにいると気付かれているのでしょうか。この海賊団には優秀な情報収集班がいますし。
マルクル大佐はこのことを逆に喜んでいました。
「味方同士で傷つけ合うような事態に陥らなくて済む」
「豹に近い位置なら隙をつけるかもしれないだろう」
大佐の言うことはどれも正論です。しかし、僕の実力が他に比べて劣っているように思えて仕方がないのです。勿論まだまだ実力不足なのも承知しているつもりですが。
そんなある日、甲板でシゲやハルタと日向ぼっこをしていると、足音が近づいてきました。それは僕達の傍で止まりました。上体を起こすと、「豹」が1人で立っていました。いつもの人を安心させる笑顔を浮かべています。
「コルーシ、ちょっといいかな?」
「あ、はい!」
僕の横で羨ましそうな顔をしたシゲとハルタに、「豹」はお友達を借りるよと微笑みかけました。途端に2人は顔を赤くして頷きました。
「豹」は僕を2人から離れた所に連れ出しました。愛用のスナイパーライフルや散弾銃などは持っておらず、総船長にしては珍しく無防備です。
ニコニコしている彼に、僕の方から用件を窺いました。
「あの、何か?」
「コルーシ、君の実力を見越して頼みたいことがあるんだけど、いいかな?」
「ぼ、僕に出来ることでしたら…」
まさか、海軍の情報を教えてくれとでも言うのでしょうか。バレているのかと不安になりましたが、表情に出さないよう努めます。
しかし、「豹」は僕の不安を見透かしていました。
「そんなに怯えないでよ、大したことでもないんだし」
「は、はい」
「実はね……」
「豹」がグッと顔を近づけ、僕の耳に小声で用件を伝えました。ボヤけて見える程近くに中性的で綺麗な顔があって、思わずそちらに気を取られてしまいました。何を言われたのか分からず聞き返しました。
「えっ、な、何ですか?」
「豹」は僕が驚いて訊いてきたのかと思ったようで、もう一度ゆっくり繰り返してくれました。今度はしっかり聞き取れました。
僕は耳から入った刺激を上手く言葉に変換出来ませんでした。それほどに信じられないもので、右から左へ流れていきました。
「豹」は呆然としている僕の両肩を優しく叩いて「期待してるよ」と言って去っていきました。
言われたことがまだ理解出来ず、暫くその場に立ち尽くしていましたが、我に返ってシゲ達の元へ帰りました。
帰った僕にすかさずシゲが問いかけてきました。
「なあなあ、何を言われたんだ!?」
「……えー……」
「大丈夫?様子が変だけど」
ハルタも心配して僕の顔を覗き込みました。僕は今言われたばかりのことを誰よりもマルクル大佐に報告したいと思っていました。これはこれで大変なことです。
「なあー、何て言われたんだって!?」
シゲがもう一度訊いてきました。その顔を見返し、未だ飲み込めないでいる言葉をやっとのことで口にしました。
「僕――僕、情報収集班に配属されたみたい」
―巽の章 完―