海賊船「Triple Alley号」
―午―
「豹」に与えられた仕事をこなす為、僕はその翌日に早速班の集会に参加しました。
情報収集班は戦闘時の班とはまた別の組織です。「情報収集部」と言う専用の部屋があります。午後は皆でそこに集まり、色々な場所に出向いて情報を集めたり、集めた情報を整理、分析したりするということでした。夕食までには解散となるそうですが、通常班でいられる時間はずっと縮まりました。
初めて入った「情報収集部」は足の踏み場もないほど紙が散乱していて、隅を埋め尽くすように書類の山が雑然と積み上げられていました。全てに几帳面な字が細かく書かれています。過去に班のメンバーが集めた情報です。
情報収集班は僕を合わせて5人と、思ったより少数編成でした。
班長は綺麗な女の人で、名前をジョゼフィーヌさんといいます。ジョジーさんと仲良くしているイケメンな男性はアーサー・フリットさん。2人は恋人関係にあるそうです。
美貌輝く彼らの後ろで影のように立っているのは、全く同じ顔の2人の男の子でした。坂クダル君とノボル君、一卵性の双子だそうです。
ジョジーさんは大人の魅力を完璧に備えていました。アーサーさんもそうです。
「よ、よろしくお願いします」
「よろしくね、ちびっ子ちゃん!ウフッ」
「おいおい、よしてくれよジョジー。嫉妬しちまうだろ」
「いやねアーサー、ちゃんと挨拶してあげなさいよ」
「まったく、これだから生まれつきの別嬪さんは……初めまして、コルーシ君。俺はアーサー・T・フリットだ」
「アーサー、もっかい言ってみて」
「俺はアーサー・T・フリットだ」
「やーね、そっちじゃないわよ。わざと言ったでしょう」
「もう何回も言ってるだろ。それともまだ聞き足りないのか?」
「足りないに決まってるじゃない」
「じゃあ後で何回でも言ってやるよ」
「待ってるわね」
完全に2人きりの世界に突入しています。脳裏にルナが浮かび、2人を少し羨ましく思いました。
その影から急に双子が飛び出してきました。
「僕は坂クダル。よろしくね、コロシアム君」
「コルーシな。俺は坂ノボル、よろしく」
「よ、よろしく……」
付き合いにくそうな人ばかりですが、何とか上手くやっていかなくては。
恋人のお二方がこちらの世界に戻ってきたところで、僕は情報源を先に明かしておくことにしました。勿論でっち上げです。
「僕の従兄弟で、海軍基地の傍に住んでる人がいるんです。アッガス君ていって、僕とは昔からの付き合いです。彼なら協力してくれることと思います」
マルクル大佐に後で手紙を書かねばなりません。訳を話して従兄弟のふりをしてもらい、海軍の今後の計画を教えてもらう必要があります。
「おお、そりゃ頼もしいな!」
「コラルー君は頼もしいね」
双子は僕と同い年のようです。仲良く出来るかもしれません。まずは名前を覚えてもらいたいと思います。
初の会合を終えた夜、皆が寝静まってから起き出し、マルクル大佐宛の手紙をセレーネに持たせました。セレーネは夜の海に飛び立ちました。マルクル大佐が理解してくれますように。
忍び足でハンモックに戻ろうとすると、急に声をかけられました。
「……誰に出した?」
「っっ!!?」
ウカミさんでした。僕を咎めるような目で見ています。咄嗟に言葉が口をついて出ました。
「い、従兄弟に、出しました」
「内容は?」
「な、内容……こっちは変わりないけど、そっちはどう?みたいな……はい……」
「……」
探るような目を向けられ、嘘をついてると思われないよう精一杯見返しました。脂汗が頬を伝いました。心臓がバクバクと音を立て、鼓動する度に体が揺れそうでした。
僕とウカミさんは見つめ合ったまま数十秒間動きませんでした。ウカミさんの隣で神崎さんが2,3度寝返りを打ち、その下からタニさんのイビキが聞こえてきます。
永遠続くように感じられたその時、ウカミさんの上のハンモックでゴソゴソと音がしました。僕達は反射的にそちらを見上げました。
丸さんです。クシャクシャになった頭を掻きながら降りてきました。寝ぼけているのか、横を通るまで僕達に気づきませんでした。
「……あれ、コルーシにウカミぃ……何やってるのぉ……?」
「何でもありません」
眠そうな声にウカミさんが素早く切り返し、ハンモックに敷き詰めた毛布に潜り込みました。丸さんは瞼をトロンとさせてそれを見ていましたが、欠伸をすると部屋を出ていきました。トイレに向かったのでしょう。本人は気づいてませんが、丸さんに救われました。
丸さんはとってもいい人だとマルクル大佐に報告しよう。そう思いながらハンモックに戻りました。
マルクル大佐は僕の置かれた状況をすぐに察してくださいました。
返ってきた手紙は同じ年の従兄弟からのものでした。他愛ないことしか書いていないように見えますが、協力してくれることや、全ての情報をそのまま流す訳ではないことなどが読み取れました。こちらだって、いくら情報収集班とは言え海軍側の動きを全て知っていては怪しまれるでしょう。大佐の心遣いに頭が上がりません。早く任務を実行して大佐に会いたいのですが、3船長の守りが固すぎて破ることは非常に困難です。
大佐に聞いたんですが、実は3船長は過去に一度だけバラバラにされかけたことがあるそうなんです。あんなに強い「虎」が捕まったらしいんです。驚きです……え、読者の皆さんは知ってるんですか?変ですね、僕は知らなかったんですが。
その時は「豹」と「山猫」が助けに来たそうなんですが、やり方がまた2人らしい。海軍基地に真っ正面から乗り込んだそうなんです。大胆過ぎだと思いますが、実際「虎」を連れ出すことに成功していますし……その度胸には脱帽です。
シゲとハルタはこのことを知っていました。と言うか、どうやらこの海賊団で知らないのは僕だけのようです。
「虎」との訓練前の日向ぼっこ時間を使ってシゲ達にその話をすると、2人とも途端にガバッと起き上がりました。訊いてはいけなかったかと焦って身を起こしましたが、2人の顔には満面の笑みが浮かんでいました。
「あれってまさに伝説だよな!!!海軍基地に真っ向から挑みにかかるんだぜ!!」
「すごいよね、ほんと!初めて聞いた時は僕、鳥肌立っちゃったぐらいだもん!」
「豹先生が道を切り開いていって、その背後を山猫先生が守る……く~っ、かっこよすぎだぜ!!!」
「いいよね、お互いに信頼し合って背中を預けるなんて!僕もやってみたいけど、僕の場合必要ないからなぁ……」
ハルタの言うことに、今度は素直に賛成出来ました。僕も先日の戦いの時に見て鳥肌立ちましたから。
シゲが僕に向き直り、僕の手を握ってブンブン振ってきました。
「コルーシは俺と出来るもんな、な!!」
「も、勿論だよ!」
勿論それは「豹」を裏切るまでの間だけです。でも、それまでは「Triple Alley号」の一味でありたいとも思いました。
海軍に早く帰りたい気持ちと、ここの人達の信頼を裏切りたくない気持ちが鬩ぎ合い、自分でもどうしたいの分かりませんでした。