海賊船「Triple Alley号」
束の間の平和の後、また一味は戦闘の準備に追われることになりました。原因は僕です。
マルクル大佐が最初の手柄をもたらしたのです。日時は分かりませんが、一味が上陸する予定の町を海軍部隊が船で訪れるということでした。その部隊に大佐は含まれていないそうで、安心しました。
情報収集班の他のメンバーにこれをいち早く知らせると、皆はすぐに詳しく調べてくれました。ジョジーさんアーサーさんは滞在する海軍部隊の情報を、双子が日時を探し出してくれました。残念ながら、僕達と鉢合わせするそうです。
僕はものすごい手柄だと褒められました。
「コルーシ、貴方すごいわ!よくそんな重要な情報を掴んだわね!」
「坊主、従兄弟に感謝しとけよ。船長方も大変お喜びだからな」
「コナン君、すごいねー!僕じゃそんなの聞き出せないや~」
「海軍との衝突なんて、久々だなあ!なんかここ1年ぐらい何もなかったし……あとクダル、コルーシな」
ノボルの言葉にドキリとしました。恐らく、僕の身を案じて1年程動かずにいてくれたのでしょう。
このところマルクル大佐は頻繁に手紙を寄越してきていました。
「お前がそっちにいるって親戚は皆知ってるからな」
「後方支援部隊は船のどこら辺にいるって言ってたっけ?見晴らしいいとこか?」
「ところで、今身長何㎝だ?俺はな……」
1つ目の「親戚は皆」は滞在する海軍部隊の皆、2つ目は僕が待機している所を攻撃しないようにする為、3つ目は僕の特徴を教える為に訊いているのでしょう。
勿論返事を書きましたが、身長や服装なんかの情報は正直要らない気がします。
何故なら今回、3船長は普段の作戦を大幅に変更していたからです。僕にとっては前代未聞なんですが、特攻隊が飛び込んで始める戦い方を止め、大砲隊の砲撃で追い払おうというのです。直接人同士がぶつかり合うような戦闘はなるべく避けるつもりだそうです。
よって、普段「山猫」に続いて出撃する部隊と後方支援部隊は、艦内で両舷に分かれて下層甲板大砲隊の手伝いをすることになりました。特攻隊は万が一船に火がついた場合の火消し役として、3船長と共に最上甲板で待機するそうです。
他の船員はほとんど皆驚いた風もなく、慣れたように支度をしています。ただ、シゲとハルタだけは僕と同じ反応を見せました。
「たまげたー……何で敵陣に斬り込まないんだ!?」
「多分、戦闘番長を思っての策なんだよ。獄中で酷い目にあったそうだから」
「でもよ、普通そこで『この借りは必ず返してやるぜ!!』っていきり立つんじゃねぇか!?」
「シゲ、戦闘番長にだって少年時代があったんだよ。その時の戦闘番長は僕達よりも若かったらしいし。子供の時に経験した辛いことっていうのは、トラウマになってずっと忘れられなくなっちゃうんだから」
「うん、僕もそうだと思うよ。虎の気持ちも何となく分かるよ」
昔海賊に殺された両親を思い出し、「虎」に同情してしまいました。
シゲとハルタが揃って僕の方を見ました。何かまずいことを言ったでしょうか。
「コ、コルーシ、おまっ………今お前、虎先生のこと呼び捨てにしたよな?」
「呼び捨てだったよね?」
「っ!!あ、あのこれは――」
「いーーーーなーーーーーーーー!!!!!!」
「っえ、何!?」
2人は僕を恨めしそうに見つめています。
「いつの間に虎先生とそんな仲になったんだよ!!?俺も紹介してくれよ、なぁ!!!!」
「え!?あの、えっ!?」
「君、戦闘番長に何て呼ばれてるの!?まさか……名前で呼び捨て!?」
「え、それって前からじゃ…」
「「前からぁ!!!???」」
2人が言うには、そもそも呼ばれたことがないそうです。それは色んな意味で怖いです。だって、それは僕が3船長の印象に変に残るようなことをしたということでもあります。一体何をしたのか皆目見当もつきません。
2人に散々せがまれ、3船長に2人の稽古もしてほしいと伝えることを約束しました。今後は目立つような行動はなるべく控えましょう。
>>
海軍と衝突する日はすぐにやって来ました。
3船長の様子が朝から変でした。勿論以前からも変だったんですけど、「虎」がいつもより静かになっているのは心配でした。犬耳もここのところずっと垂れ下がり、しょんぼりしています。昔に投獄されたことが何か関係しているのでしょうか。逆に「豹」と「山猫」はいつもより断然やる気でした。
それなのに、朝ご飯を一番食べていたのは「虎」でした。狂ったように次から次へと掻き込むその姿は、何かに怯えているようにも見えました。代わりにあまり手をつけていない2人の船長は、「虎」を意味ありげな目で見守っていました。
町には昼前に着く予定でした。大砲隊の後ろに控えていると、窓から外の様子が窺えました。遠くに見える港の真横に繁華街があって、賑わっているのが分かります。
あと少しで港というところで、遂に海軍の船が3隻現れました。予めこちらの動きを把握していたように、間合いをとりながら僕達の船を囲みました。
状況的にはこちらが圧倒的に不利でした。しかし、海軍は何も仕掛けてこようとはしません。変に距離を広く保ちながら航行し、僕達を警戒しています。
その時、ハルタが皆に向かって声を張り上げました。
「全員、砲撃用意!!」
何がきっかけだったのかは分かりませんでした。
砲口から弾丸を込めるところまでは見えました。が、その後は人があちこち動き回り、何をしているのか見えません。
途端に皆が耳栓を取り出し、耳に突っ込みました。僕も慌てて借りた栓を押し込みました。
タイミングを見計らって、ハルタが動きで発射を伝えました。耳栓のおかげで音は遮断されましたが、衝撃は伝わりました。重たいはずの大砲が反動で大きく後ろに動きました。轢かれそうになり、寸でのところで飛び退きました。
発射された弾丸は、あと一歩のところで届きませんでした。これを予測して距離をとっていたのです。
続いて上の方からも振動が伝わってきました。2基ある「203㎜連装砲」が使用されるのは、僕にとっては初めてのことでした。
小さくなっていく黒い点が見えました。それは下層甲板の大砲より飛距離を伸ばし、窓から見える軍艦の艦首に命中しました。罵声や叫び声と共に艦首から火の手が上がり、必死に消火活動を行なっているのが窺えます。3船長の発明した「連装砲」の威力を思い知らされました。
僕達の位置では見えない場所にいる軍艦から反撃があったようです。船がグラリと嫌な揺れ方をしましたが、着弾した訳ではないようでした。向こうの大砲も射程が短いのです。
下層甲板大砲隊が2発目を発射しました。やはり届きませんが、大破していた軍艦が更に揺れ、海水が入り始めたのが確認出来ました。船が左舷側、つまりこちら側に傾き、海兵達が傾斜回復に追われています。あの様子だと、航行不能のようです。
軍艦は追撃を諦めて轟沈回避に集中しています。周りに他の2隻も現れました。1隻の甲板からも、やはり煙が上がっています。
包囲網が解かれた瞬間、船が急に速度を上げて進み始めました。上陸地点にしていた港を過ぎ、海岸線に沿って反対側の入り江までやって来ました。本当の上陸地点はここだったのです。
大破した軍艦はどうなったんでしょうか。かなり気になりましたが、海賊団にいる以上そんなことを言えるはずがありません。戦うことの恐ろしさが漸く分かった気がしました。