海賊船「Triple Alley号」
ルナと付き合い始めてから1月が経ったある日のことでした。
皆が寝静まった後でセレーネに手紙を持たせて大佐の元へ飛ばし、ハンモックに戻ったのですが、何だか眠れません。寝返りを打って羊を数えても、逆に頭が冴えてきてしまいました。仕方なく起き上がり、夜風にでも当たろうと部屋を抜け出しました。
甲板へ上がると、月明かりに照らされて人影が見えました。またルナかと思いましたが、それにしては背が高いような――
「……あれ、コルーシ。どうした?」
「……ひょ、豹船長!?どうしてここに…」
「いや、いつもこの時間はここにいるんだ。日課でね」
ゆったりした寝間着姿の豹は新鮮でした。長い間風に吹かれていたようで、髪が少し乱れています。いつものピシッとした感じが見られません。
「コルーシこそ、急にどうしたんだ?」
「いえ、何だか眠れなくて……」
「そっか。最近はまた平和だもんね」
ここ数週間、戦いがありませんでした。情報収集班の集める情報も、暫くはどこからも戦いを仕掛けられることはないと分析されています。
「船長は、どうしてここで風に当たるのが日課なんですか?」
銃も持たずに1人でいるのは無防備です。あとの2人はこんなことで良いのでしょうか。
「何で、か……考えてみたら、どうしてだろうね。昔からずっとやってきたからなぁ」
「あの、他の船長達は怒らないんですか?その……こんなに無防備で」
「誰か俺を襲うつもりなのかい?」
「豹」が僕をまっすぐ見つめてきました。表情は柔らかいままですが、何と言うか……目力がすごいです。射抜かれるようで、心の奥の奥まで見透かされてしまうような気がしました。
「い、いえ……でも、万が一そんなことがあったら――」
「確かにそうだね。コルーシも俺のことを思って言ってくれてるんだよね。虎や山猫もこの日課には不満一杯みたいだし……」
苦笑混じりにそう言い、縁に凭れてこちらに向き直りました。寝間着は思ったより薄手で、吹きさらしでは寒そうです。そう言えば僕も少し寒いです。手を温めようと俯き、息を当てました。
「でも、俺は皆を信頼してるから」
その言葉がいやにはっきり聞こえ、思わず顔を上げてしまいました。
「豹」は笑っていませんでした。かと言って怒ったり疑うような様子もなく、形容しがたい不思議な表情をしています。まるで自分自身に言い聞かせるように、と言った感じでしょうか。海軍の作戦がバレているという訳でもないようです。
「豹」と僕は数秒の間見つめ合ったまま動きませんでした。「豹」が急にガラリと雰囲気を変え、いつもの笑顔に戻りました。
「ごめん、怖かった?」
「え、あぁ、まあ……少しだけ、怖かったです」
「そんなつもりじゃなかったんだけど、コルーシが来る前にちょっと色々思い出してたからさ」
「誰かに裏切られたことがあるんですか?」
疑問がそのまま出てしまいました。他人のデリケートな部分に土足で上がり込んだような気分になりました。
怒られるかと思い緊張しましたが、「豹」はまた笑いました。
「ある……と思えばあるし、ないと思えばないな」
「?」
「ま、もう昔のことだよ」
話を濁され、それ以上は訊いても無駄だと悟りました。まだ罪悪感が残っていたのも手伝って、僕は静かに退散することにしました。頭を下げて「お休みなさい」と言い、背を向けると「お休み」と朗らかな声が聞こえました。振り返って答え、梯子の所まで早足で歩きました。
僕は静かな喜びで心が満たされるのを感じました。遂に見つけたのです。3船長の突破口を。
最後にもう一度振り返ると、「豹」はまだ僕を見送っていました。月の光が逆光となり、その表情は窺い知ることが出来ませんでした。