海賊船「Triple Alley号」
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段々小さくなる背中を見送っていた。梯子の前で再びこちらを振り返り、申し訳なさそうな顔をして降りていった。頭の天辺が見えなくなってもまだ見送った。
嘘だった。昔のことだと割り切れた訳でもないし、船員皆を信頼しているつもりもない。それでも毎日進んで無防備になるのは、皆を信頼したいからだ。
溜め息をついて海に向き直った。水面が銀色に光り、チラチラと輝いている。月は全てを青白く染め上げている。
左の頬に手を当てた。この痕も青く染まるだろうか。目を閉じればすぐ、生々しい記憶が蘇ってきた。
燃え盛る家、目の前で何もなかったかのように笑う彼。俺の為だと本気で思い、自分のしたことに何らの後悔の気持ちも抱いていない、彼。純粋で無邪気で何も知らないはずなのに、天性の才能が容赦なく牙を剥く。
言葉も出ない俺の横で唖然と突っ立っている彼。真っ白い髪が炎でオレンジに見えたのを覚えている。こちらは後悔に溢れた顔をしている。当然だ。人殺しと同然のことをしたのだから。人を殺人者に仕立て上げたのだから。
生まれて初めて人を許せなかった。笑うことも出来なかった。体が芯の方から溶かされていくような感覚だった。それが絶望感と言うものだった。
もう昔のことだ。いつまでも感傷に浸っていては前に進めない。そう思い直して目を開けた。まだ海は銀色だった。
戻ろう。踵を返して海に背を向けた。寝室へ続く梯子を降り、すぐ横にある取っ手に手を掛けた。幾分躊躇したが、静かにドアを開けた。
入ってすぐに鼾が聞こえてきた。窓の近くで踞り、ルークが舟を漕いでいた。俺を待っているうちに眠り込んでしまったのだろう。犬耳みたく跳ねた髪が、息をする度にヒョコヒョコ上下している。
上下する肩に毛布が掛けられていた。ヨシノだって、根は優しいはずなんだ。少々危ない一面があるだけで、それも俺とルークが傍にいれば大人しくしていられる。
ヨシノはハンモックに入っていた。静かに寝息を立てている。髪を下ろしたこんな姿、俺達以外の誰にも見せたことはない。
一度は恨んだ彼らも、今ではかけがえのない家族なんだ。あどけない寝顔を見せる2人に愛しさが込み上げてきた。
お兄ちゃんなんだから、俺がしっかりしなきゃ。聞き慣れたフレーズが浮かんだ。
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―午の章 完―