海賊船「Triple Alley号」
何かしなければならないと思い立ち、ある夜こっそりハンモックから降りました。ウカミさんに気づかれないようそっと部屋を出ます。
緊張でガチガチに固まりながら甲板へ上がると、思った通り「豹」が1人で海を眺めていました。
「また眠れないのかい?」
「あ、あの……はい」
嘘です、本当は寝てしまいたかったんです。しかし責任感から踏ん張って無理矢理起きていたのです。
顔だけこちらに振り返った「豹」は、相変わらず朗らかに笑みを浮かべています。それがかえって更なる緊張を招き、脇の下が汗でグショグショになるのを感じました。後ろから誰かに見られているような気がして、振り向きたくなるのを必死で堪えました。
「あの、お邪魔してすみません」
「いいんだよ。俺も1人でいるより気が楽だから」
他愛ない会話が続きました。「豹」の優しい笑顔と安心させられるトーンの声に、僕は次第に落ち着きを取り戻していきました。
情報収集班の話題が出た時には、「豹」は苦笑いしながらジョジーさんとアーサーさんの話を聞いてくれました。
彼は僕達1人ひとりのことをよく見ていました。話してみるまでは気づかなかったんですが、「豹」は確かに船長としての器を十分に持っていました。本人達は拗ねていましたが、シゲやハルタの彼是までちゃんと知っていました。僕だけを特別扱いしているようで2人には申し訳ない、と本当に反省しているような表情で言ってきました。僕の方から伝えておきましょうかと尋ねると首を振りました。
「俺の口から言わなきゃ、あの子達に失礼だよ」
「まあ、そうですね……最も、船長が話しに来られたら、それだけで2人とも卒倒しちゃいそうですけど」
「え?どうして?」
「あの2人、船長達のこと、とっっても尊敬してるんですよ。僕が虎に……虎船長に稽古をつけてもらってることを知った時なんか、自分達の稽古もしてほしいってせがまれましたし」
「そうなんだ…それは知らなかったな。益々申し訳ないよ」
「そう思っていただけるだけでも、彼らは十分嬉しいと思いますよ」
「そんな、ちゃんと謝りに行くよ。もし良かったら稽古つけようかって訊こう」
「あ、ありがとうございます!」
歳下の僕達にも礼儀正しく接してくれる「豹」は紳士そのものでした。貴族出身というのが改めて感じられました。
「ほら、もう部屋に戻りなよ。長居すると風邪引いちゃうよ」
「あ、はい。今日はありがとうございました。お話し出来て、とても楽しかったです」
「こちらこそ、楽しい時間をありがとう」
春の日差しのように柔らかい「豹」の微笑みに、覚えてないはずの母の笑顔が重なりました。どんな母親も、我が子を抱く時にはこんな顔になるのでしょう。
背中に暖かい見送りの視線を感じながら、甲板を後にしました。
それから週に一度は「豹」と2人きりで話すようになり、様々な意見や情報を交換し合いました。「豹」は毎回楽しみにしてくれているようで、少しも僕のことを疑っていません。都合がいいのは勿論ですが、その分気持ちが重くなります。信じてくれる人を裏切るのがどれだけ大変なことか分かりました。
シゲとハルタは「豹」に謝られたらしく、その日中顔がニヤニヤしていました。僕に訳を訊いてほしそうだったので、知らないふりをして訊いてあげました。
「何かあったの?」
「いやあ、別に何もないけどぉ?虎先生が俺にも稽古つけてくれることになっただなんて、そんなことないけどぉ?」
「シゲ、言っちゃってるじゃん。あ、僕は本当に何もないからね。別に総船長に稽古してもらうことになってなんか……あ」
「良かったね、2人とも」
「「おうよ!!」」
「ちなみにコルーシ、お前と俺の2人で稽古受けることになったからな!!虎先生の前でお前をけちょんけちょんにすれば、俺も特攻隊に入れてくれるんだってさ!!!」
「は、はぁ……いや、だからってわざと負けるようなことはしないよ!?本気で対決するからね!」
「いいなぁ、君達は一緒に稽古受けられて……僕なんか総船長と2人っきりだよ、独占しちゃうんだよ」
「おいおいハルタ、お前もーちょい演技磨け!!ドヤ顔隠せてねぇって!!」
「あれ、バレた?」
ウキウキ顔の2人を見ていると、「豹」に2人のことを話して本当に良かったと思いました。2人とも僕のおかげだとは気づいていないようですが、喜んでくれただけで僕も嬉しいです。