海賊船「Triple Alley号」

1日のうちで必ず「豹」が1人きりで無防備になる時間帯があるのを見つけたのは進歩でしたが、肝心の裏切りに向けての準備は何1つ進んでいませんでした。勇気が出ず、任務を果たすことが出来ないのです。それに、僕と深く関わるようになってすぐそんな事件が起きるのは良くない気がします。最低でも2ヶ月は待とうと結論づけ、一旦任務は棚上げにしました。

どのみち、任務のことはすぐに頭から吹き飛びました。海賊との戦いが起こったからです。以前戦った大海賊団の手下の仇を討とうと、傘下に入っている他の海賊団が攻撃を仕掛けてくると言うのです。
衝突する予定の日が近づいてきていましたが、シゲはまだ特攻隊に入っていませんでした。「虎」との稽古の度に本気で僕と対戦しているのですが、彼は黒星ばかり増やしています。それほどに僕は強くなっていました。毎回シゲの竹刀を手から叩き落とし、急所手前で切っ先を止めるのです。こちらも竹刀なので突っついても問題はありませんが、僕にはその一突きが出来ません。おかげでいつも「虎」に怒られます。
「お前はいーーっつも優しすぎるんだ!!もっと本気で狙え!!」
「す、すみません…」
「そうだぞ、コルーシ!情けかけられても嬉しくねぇ!」
「その前にシゲは弱すぎ!!!勝負にもなってねぇじゃねぇか!!」
「す、すみません…」
僕はルナからも剣術を教わっていたので、恐らくそれもプラスになっているのでしょう。習い始めた時期的にも公正じゃないような気がしますが……まあ、都合良く忘れましょう。

今日の戦いは船上でした。敵が船を近づけて乗り込もうとしてきたので、逆に「虎」率いる特攻隊が乗り込んで体勢を崩しにかかりました。
今回も途中で「豹」が戦いに加わりました。特攻隊や「山猫」と共に出撃する部隊――この部隊を「横殴り隊」と言うそうです――は退却し、3船長だけが残ります。船上に舞い降りた気高き六花を、漸く苦労せずに見られるようになりました。シゲはあまり身長が伸びていないのでまだ跳ねています。僕は既にタニさんと並ぶぐらい大きくなっており、双眼鏡を目に当てるだけで3船長の動きが分かりました。
今度の敵大将はなかなかタフでした。3人の迫力に圧されてはいますが、前のへっぴり船長と違ってまっすぐ立っています。
だからでしょうか、「豹」も前回の時より楽しそうに見えます。敵が強ければ強い程に燃え上がるタイプなのでしょう。どうやらそれは他の2船長も同じようです。
「豹」が撃鉄を起こし、それを合図に3人が素早く動きました。「虎」は構えたピストルで撃つのが辛うじて見えましたが、「山猫」は大きなサーベルを一振りしただけのようでした。それなのに、「山猫」の前方にいた敵の胴体からパッと血が噴き上がりました。飛ぶ斬撃――漫画じゃあるまいし、そんなことが出来るのでしょうか。
仲間が倒されても大将はまだ正気でした。顔は青ざめていますが、なんとか気を保っています。シャムシールを鞘から抜き、「豹」に飛びかかる姿勢まで見せています。大抵のやつは尻尾を丸めて逃げ出すというのに、敵ながら天晴れです。
その「豹」は、大将の心臓に照準を合わせていました。少しでも動けば確実に撃ち抜くつもりです。下手に動かない方が良いのではと思いましたが、遅すぎました。
大将が先陣切って飛び込みました。鋭い銃声が上がり、直後にドサッという鈍い音がしました。船員達も大将の為に勇気を搾り出したようで、死に物狂いで飛びかかりました。
あっという間でした。敵に囲まれて見えなくなったと思ったら、次の瞬間にはまた3船長の姿が現れました。掠り傷1つ負っているようには見えません。
と、「山猫」が急に片膝をつきました。一味から悲鳴と叫び声が上がり、数人が次々に敵船へ飛び込んでいきました。何が起こったのでしょうか。
2人の船長に肩を支えられて、「山猫」がゆっくりと戻ってきました。額に斬傷を負っていました。皮膚がぱっくり割れ、血を流しています。眼帯が取れ、右目が剥き出しになっていました。「山猫」の右目を初めて見ました。グロテスクかと一瞬目を逸らしましたが、よく見ると至って普通でした。しっかり開いているし、どこか悪いようには見えません。その両目と頬を伝う血が同じ色だということに気づき、少し不気味に思いました。
救護班がその眼前に飛び出し、包帯で頭をぐるぐる巻きにしています。「山猫」は通常通り振る舞っていますが、2人の船長は慌てています。「虎」は何をするでもなく手をわたわた振っていますし、「豹」は救護班の班長らしき人に心配そうに話しかけています。
3船長が怪我をするなんて、僕には信じられませんでした。

その日の晩も宴会が開かれました。と言っても、いつも宴会状態であることは間違いありませんが。
しかし、宴会は普段よりずっと静かでした。勝利を喜びたい気持ちと、「山猫」を守りきれなかったことを悔やむ気持ちとがない交ぜになったような感じでした。シゲもあまり嬉しそうではありませんし、ルナなどは食べもせずに「山猫」の方を見ています。「山猫」が急に憎く見えてきました。代わりに傷を負いたいとさえ思いました。
その「山猫」はまだ頭に包帯を巻いていました。肌も髪も白いので、包帯が同化して非常に見分けにくいです。眼帯を結び直した彼は何事もなかったかのように食事を平らげ、締めのワインを優雅に煽っています。
珍しく「豹」と「虎」は少食でした。「山猫」が怪我をしたことで落ち込んでいるのでしょう。
いい加減ルナに振り向いてほしくて、僕はそっと彼女の耳元で質問しました。
「3船長って前にも怪我したことあったりするの?」
「……え?ああ、山猫船長は前にも怪我してるわよ。あの顔の傷がそれ」
「えっ、顔の傷って……あの右頬の!?」
「えぇ、そうよ」
ルナは思い出したようにフォークとナイフを手に取り、ステーキを切り始めました。
僕は今聞いた言葉が俄には信じられず、ルナに代わって「山猫」を見つめました。あの右頬の傷は海賊に斬られたものだったのです。以前3人の過去について僕の推測をお話ししたことと思いますが、「山猫」の顔の斬傷は偽装するために自分でつけたものだと考えていました。それが違うとなれば、僕はやはり探偵には向いてないんですね。
とすると、もしかしたら僕の殺人推理は全くの見当違いだということになるのでしょうか。「豹」の火傷も、「虎」の鼻の頭にあるだろう傷も、全部海賊や海軍との戦いで負ったものでしょうか。
いつの間にか僕のステーキにも手を出していたルナに更に尋ねます。
「あの、じゃあ他の船長の傷もそうなの?」
「あわっごめんなさい!今日はちょっとお腹が空いてて…」
「?いや、それはおいといて、どうなの?他の船長の傷も戦闘で作ったもの?」
「え、あの2人の傷?あれは違うと思うわ、多分だけど」
「そ、そうなの?」
「えぇ。詳しいことは分からないけど、たしか豹船長の火傷はもっと小さい時に出来たものらしいし、虎船長の傷なんて私、一度も見たことないわ」
「でも、いつも絆創膏してるよね?」
「それは確かにそうだけど……怪我してるにしても長すぎじゃない?」
「え?あ、でも言われてみれば…」
僕が入団した時には既に絆創膏を貼っていましたし、もう2年と2ヶ月程経っているのにまだつけています。傷など本当にあるのでしょうか。
「だってあれ、私が入った時からずっとあるのよ」
「そんなに前からあるの!?」
「えぇ、数日ごとに絆創膏が新しくなってるから、貼ったまま忘れてるって訳でもないみたいだし……何で貼ってるのかしら」
「ファッションの一環で、みたいなのかも…?」
「あんな変なファッション、わざわざしないわよあの人。ああ見えてとーってもオシャレなんだから」
「お、オシャレ……?」
そう言えば、あまり3船長の服装を気にしていませんでした。「山猫」の眼帯から目線を逸らし、「虎」を全体的に眺めます。シミ1つない白のワイシャツの前を開け、その裾を胸元で結んでいます。中にイメージカラーである臙脂色のタンクトップを着ているようで、確かにとってもオシャレです。豪快で野生っぽい印象があったので、意外なように感じられました。
3人の過去についての推察は振り出しに戻ってしまいました。
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