海賊船「Triple Alley号」
―酉―
「豹」がいなくなったからと言って、これまでの生活が一変したという感じはありません。
そりゃあ、全く変わっていない訳ではないのです。食事の時には寂しそうな2船長の姿を見ますし、2人の間に持ち主のいなくなった椅子がポツンとあるのを見ると必ず胸が後悔の念で潰れそうになりました。しかし変化と言っても些細なものばかりで、マルクル大佐の言っていたような刺々しい雰囲気はどこにもありませんでした。そう言えばどうでもいいことですが、2人はどういう理由でか、食事の席を交代していました。今では僕ら側から見て左側に「虎」が座っています。
船は海軍本部の基地へ向かって滑るように進んでいきます。それに伴い、このところ海軍とは頻繁に衝突していました。主だって取り上げるべき変わったことと言えば、それまで「203㎜連装砲」頼りだった戦法を止め、堂々と戦うようになったことぐらいでしょうか。
――いえ、そう言えば1つだけ変に感じたことを思い出しました。
最近の戦いでは「虎」が特攻隊を置き去りにして1人突っ走る光景をよく見ていました。韋駄天の如く走り去る「虎」を、後から散り散りになった特攻隊が追いかけていくのです。そのせいか、日毎に怪我をする特攻隊員が増えています。以前はこんなことはただの一度もありませんでした。唯一違和感を覚えたことです。
今日の相手は久々に海賊でした。それも、例の大海賊団とも一切関係ない海賊です。なんだか新鮮味を感じてしまいます。
「虎」がいつものように特攻隊を率いて出撃していましたが、また1人で暴走し始めました。その背中を守ろうとバラバラになった特攻隊が追い回しています。その中には勿論ルナの姿もあります。1人で大丈夫でしょうか。
と、ルナの後ろから暴漢が襲いかかりました。僕は咄嗟にマスケット銃でその男を狙撃しました。高速で回転しながら飛び出した弾丸は、見事に男の太股に命中しました。男はもんどり打って転び、それに気づいたルナがこちらを見上げました。目が合い、ルナは笑顔で手を振ってきました。手を振り返し、気をつけてと身振りで伝えました。もしかして僕、ちょっと格好良かったでしょうか。
特攻隊がバラバラだと後方支援部隊が活躍します。僕だけじゃありません、他のメンバー達も狙撃を行なっています。間違って味方に当てないよう細心の注意を払いつつ、仲間をピンチから救うのです。
「山猫」率いる横殴り隊が出撃すれば、僕達の出番は終わりです。流石に怖いですし、そもそも支援する必要がなくなるからです。
敵は呆気なく立ち退き、そのまま町に入りました。食糧補給や武器、医療器具なんかを新しく買い足します。2船長はまた町のファンの人々に囲まれ、サインをせがまれています。
ルナと約束があったので、船の傍で待機。暫くするとルナが走ってきました。戦闘時の服から着替え、淡いピンクのワンピースにフリルのカーディガンを合わせています。とっっっっっても可愛いです。ノロけちゃってすみません。
「ごめんごめん!待った?」
「ううん、今来たばかり」
「そう、良かった!じゃあ行きましょっ」
腕を組み、服や日用品なんかを買いました。服は勿論、ルナが選んでくれました。またノロけてしまって、ほんとすみません。
お礼に僕も何かあげようと思い、悩んだ末に真珠のネックレスをプレゼントしました。ルナに似合うだろうと思ったのですが、よくよく考えれば彼女は何を着て何をつけても似合いますから、他と大した差はないのかもしれません。しかし、ルナはとても喜んでくれました。
「ありがとうコルーシ!!ちょっと待っててね……見て見て、似合う?」
「うん、とっても似合ってる。綺麗だよ」
「ほんと?やったあ!」
贈り物って良いですよね。心が和むって言うか、送った側も送られた側も嬉しくなるっていうのは良いと思います……あ、ノロけてばっかですみません!
その晩の食事の時でした。
「山猫」はいつもより不機嫌そうでした。「虎」の犬耳がしょんぼり垂れ下がっている辺り、喧嘩でもしたんでしょうか。
皆が食べ終わると、いつもは「虎」が話して締める場面で代わりに「山猫」が口を開きました。
「皆さん、虎兄さんからお話があるそうですよ」
見た感じ「虎」はお話があるような雰囲気ではありませんでしたが、「山猫」の声のトーンには有無を言わせない響きがありました。
皆に注目され、「虎」は渋々喋り始めました。
「……昼間の戦闘の時は、おいていってすみませんでした。イタッ!あ、あと今までの戦いも!すみませんでした!!」
テーブルの陰で足を踏まれたようで、「虎」は涙目で「山猫」を睨みました。しかし「山猫」の目力の方が勝っています。ちょっと面白い光景と言っては叱られますが、皆も温かい眼差しで2船長を見守っています。
無言の圧力を掛けられ、「虎」は再び皆の方に向き直りました。
「だ、だって!いつの間にか誰も横にいないんだよ!いつも通り走ってるだけなのに、何でか……」
「いつも通りですか?今日の兄さんの秒速を計算しましたが、前より5.0[m/秒]も速かったですよ。いつも通りですか?」
「な、何で計算してんだよ!?」
「気になりまして」
「え、てか前にも計られたことあんのか?知らなかった……いつ計ってたんだよ?」
「それは、あの…だから―――豹兄さんがいた時です」
『豹』の名前が出た途端、食堂の空気が一変しました。皆泣きそうな顔になり、僕などは土下座して謝りたいという衝動に駆られました。「虎」も顔を強張らせ、何を言えば良いか分からない様子でした。
「山猫」は「虎」から目を逸らし、小さな声で「今夜はこれで解散にします」と言いました。呟いた程度の音量でしたが、全員の耳に届きました。暫く誰も動かず、やがて数班が食器を持って立ち上がりました。
もう僕達の間では『豹』の単語は禁句になっていました。思い出しただけで泣き出す船員もいるぐらいです。
確かに少しずつ何かが変わってきていました。