海賊船「Triple Alley号」
それから一味はすっかり変わってしまいました。「虎」と「山猫」の変貌ぶりが目立ちますが、それだけではありません。
船員達の様子もおかしいのです。残虐なことをする訳ではありませんが、困惑していた割に何故か2船長の恐ろしい変化には全く気づいていないのです。
シゲやハルタもそうでした。僕が最近の戦闘はちょっとやり過ぎだよねと言うと、
「え、そうか?普通だろ?」
「何か変?」
とキョトンとこちらを見てきました。いくら違う点を強調しても「前からそうだった」と片付けられ、逆に僕の方が変わったとすら言われてしまいました。
唯一ルナは2船長の変わり様に気づいていましたが「仕方ないんじゃない?」の一言。何が仕方ないんでしょうか。
結局、「Triple Alley号」一味は他の野蛮な海賊団と同じになってしまいました。盛んに血を好み、避けられたはずの衝突も避けなくなり、ほぼ毎日が戦いに追われるようになりました。
これこそマルクル大佐の予言通りです。どうして分かったのか尋ねましたが、大佐自身当たるとは思わなかったようです。
「まさか、本当になっちまうとはな……。こいつらは他とは違うと思いたかったんだが……やつらは自暴自棄になってるのか?」
それは僕も疑って観察していたのですが、2船長は自暴自棄になっているという感じではありません。
返事に、最近更におかしくなっていることも書きました。
「戦闘時は2人ともただの狂人なんですが(それも駄目なことには変わりませんけど)、普通の時はもっと変なんです。なんだか、虎と山猫の性格が変わっているようなんです。どうも虎は何かに怯えているようで、やたら大人しいんです。あんまり笑わなくなってますし。代わりに、山猫がよく笑うんです。それも、狂気染みた笑い方で。なんか性格も随分明るくなったし、不気味で仕方ありません」
「それは興味深い話だな。2人の性格が入れ替わっちまったのか?それは面白い。実に面白い……」
全く面白くありません。間近で見ているこちらの身にもなってほしいです。
入れ替わっている、と言うのが1番近い表現でした。確かにそうです。「虎」はもう何日も笑っていませんし、逆に「山猫」はすぐに笑います。
それに、皆の持つ武器にも魔の手が忍び寄っていました。
ある日、シゲが嬉しそうに何かを抱きかかえて走っていくのを目撃しました。後をつけていくと、「山猫」に自分の剣を差し出していました。
偶然を装って鉢合わせし、さりげなく理由を尋ねました。
「何をしているところだったの?」
「虎先生が俺の剣を魔改造してくれるんだって!!楽しみだなぁ」
よく見ると、かなりの船員が武器を預けていました。全て魔改造するつもりなのでしょうか。僕は思わず自分のライフルと剣を握り締めました。この2つを魔改造させる訳にはいきません。
異常に戦闘能力を増した集団に、もう昔の誇り高い海賊の面影はありませんでした。毎日血に触れ、怪我人の看病を手伝い、そしてすっかり狂った2船長や友人を見ていると、僕まで気が狂いそうです。
その日はついに、「虎」との特訓を休みました。シゲは1人上機嫌に去っていきました。「虎」を独り占め出来るのが嬉しいんでしょう。腕には最近流行りの「銃剣」なるものを抱えています。もはや剣ではありませんでした。
甲板の隅、夜には「豹」が立っていたこの場所で、1人踞っていました。誰にも会いたくないようで、誰かに気づいてほしくもありました。変わってしまった皆を思い出し、涙に暮れていると、誰かの足音が近づいてきました。
恐怖で思わず顔を上げると、日中の眩しい日差しでクラクラしました。
傍に立っていたのは、ウカミさんでした。
「……」
ウカミさんは何も言わずに僕の隣に腰を下ろしました。こんな近距離に座ったのは初めてで、涙を見られないよう急いで拭いました。
「……変だと思うか?」
「えっ?」
ウカミさんは暗い色の目で僕を見ました。試されているような気持ちにさせられる目でした。
「ここにいる人間を、変だと思うか?」
「思うかって……そりゃ、変に決まってますよ!!何だか最近ギスギスしてるし…シゲやハルタだっておかしいし……それに何より、あの2船長なんか「性格が入れ替わった。そう思うのか?」」
「えっあ…そ、そうです!はい」
「……」
ウカミさんは僕から顔を背け、遠いどこかを見ていました。その横顔には不思議な表情が浮かんでいました。何かを言おうとして戸惑っているような。
暫く沈黙が続き、漸くウカミさんが考えながら話し出しました。凪いだ海のように静かな声でした。
「―――俺も、2重スパイだった」
「……えっ!?」
「お前は海軍の手先だろうが、俺はそうじゃない。例の大海賊、憶えてるか。俺はあそこの船員だった」
何と言えば良いのか分かりませんでした。あまりに衝撃的過ぎて、二の句が継げませんでした。
「スパイするよう言われて、ここに来た。あのルナとか言う女のすぐ後だ。最初はきちんとスパイだった。でも、段々自分が何をしているのか分からなくなってきた」
「……っ!?」
「何でここの人達を裏切っているのか、分からなくなった。俺はこの海賊団の一員なのに、どうしてあんなやつらと交信してるんだってな。だから俺はあいつらのスパイにもなった。あいつらの情報を聞き出した。それが正しいことだと思ってた」
「でもそれもまた分からなくなった。俺が好きだったのはこんな暴力集団じゃない。俺がついていきたかったのは、あんな狂人じゃない」
ウカミさんは目を細め、再び僕を見据えました。暗い瞳の奥に、一種の信念のようなものが見て取れました。
「お前、どう思う?あの2人の性格、入れ替わったと思うのか?」
「えっそ、そうだと思いますって、さっき……」
「俺は違うと思う」
「…え、えぇっ!?」
話の流れ的に考えると何だか変です。
ウカミさんの目には益々強くなった意志が見えました。誰かに話したくてウズウズしていたのかもしれません。
「俺は寧ろ、2人の性格が元に戻ったんだと思う」
「……よ、よく分かりません……」
「山猫は元々明るい性格だった。でもそれだと変だから大人しくしていた。虎は最初大人しかったが、何らかの事情で明るく振る舞うようになった。そう思ってる」
「は、はぁ……」
何だか子供騙しの推理にも聞こえます。期待して落とされた気分です。マルクル大佐のギャグの方が面白いかもしれません。
「恐らく、山猫は子供時代にあの性格で嫌われてたんだろう。虎は何があったかまだ分からないが、きっと虐められでもしたんだ。もしくは家族に不幸があって、不安を紛らせる為に明るくなったか」
「……そ、そうかもしれませんね……」
ウカミさんは真剣に言っていますが、正直面白くなってきました。大佐のギャグより良いかもしれません。
それまでは漠然と怖がっていた彼ですが、話してみると意外に楽しい人でした。それに、初めて僕と同じ違和感を感じている人に出会えて、とても心強く思いました。
それから僕は暫く「虎」の特訓を休み、ウカミさんと色々話すようになりました。ウカミさんは独特の感性を持っていて、聞く度に新たな発見がありました。ウカミさんも僕を気に入ってくれたようで、それは神崎さんが驚いてわざわざ見に来た程でした。
「お前ら、急に仲良くなってねーか?何があったんだよ、おい?」
ウカミさんは邪魔が入るとすぐどこかへ行ってしまいましたが、その姿が猫のように見えて面白く思いました。自由気ままな生活を送る彼の全てが新鮮で、漸く安心することが出来ました。