海賊船「Triple Alley号」
情報収集班が重要な情報を入手しました。例の大海賊団総本家、総船長率いる隊が遂に戦いを仕掛けてくると言うのです。これは非常事態です。
各班はいつにも増して念入りに戦闘準備を行いました。ウカミさんのような死を二度と繰り返さぬよう、皆本気でした。
シゲも自身の剣を磨いていました。無表情ですが、怯えているのが分かります。いつもは大胆で気の強い彼でしたが、流石に特攻隊としての出撃は危険過ぎます。ハルタが僕と顔を合わせました。やはり同朋を案じていました。どうかシゲがこの危機を無事に乗り越えられますように。寝る前に指を十字に結んで祈りました。
とうとうその日がやって来ました。僕達が戦う準備をしていると知ったらしく、敵の総大将から挑戦状が送り付けられました。僕達を小さな無人島で待ち受けるというものでした。
「虎」は朝からソワソワしていました。まるでもうご飯を一生食べられなくなるかのように、朝食をいつもの3倍も平らげています。よくそんなに食べられるなと思います。「山猫」も確かにいつもより多く食べていますが、せいぜい1.5倍程度です。僕はシゲを心配し過ぎて殆ど食べられませんでした。シゲもあまり手をつけていません。
朝食の後すぐ無人島へ向けて出発しました。船内は暫くぶりに静まり返っていました。
寝室で待機していると、窓の外が暗くなってきました。船が随分揺れています。時化ているようです。風が強いのか、船は超高速で海上を進んでいきました。もっと遅く着いてくれれば良いのにと思えば思うほど、時は早く経ちました。
悪天候で薄暗い中、無人島に着きました。今回は船を使わない地上戦なので、僕達も降りなくてはなりません。しかし何か悪いことが起こりそうで、降りたくありませんでした。
無人島は開けていて、動植物など1つも見当たりません。固い灰色の地面を踏み締め、先に見える黒い影の集団を目指して歩きます。後方支援部隊や射撃隊も揃って、隊列を成して進むその姿は、どこかの国の軍隊のようでした。誰も何も言わず、土を踏む微かな音だけが聞こえていました。
大海賊団の総大将はかなり高齢でした。手配書で見た憶えがあります。横に綺麗な女性を連れています。奥さんのようです。
「虎」と「山猫」が先頭に立ち、僕達は歩みを止めました。真っ向から対峙するこの光景、端から見ればどんな風に映るんでしょう。格好良いと思われるでしょうか。憧れの対象にされるでしょうか。
総大将がニヤリと余裕の笑みを見せ、杖をついて立ち上がりました。奥さんが支えます。
「……久しぶりだなぁ、野良猫共が。金髪のジャガーはどうした?」
総大将を取り囲む手下達から下品な笑い声が飛んできました。ジャガー――Blue Jaguar、「豹」のことです。カッとなった「虎」が飛びかかろうとしましたが、「山猫」に押さえられました。「虎」はまさしくトラのように唸り、黄色い歯を剥き出して笑う総大将をキッと睨み付けました。
笑いが収まるのを待って、総大将がサーベルを持った手を勢いよく突き出しました。
「野郎共、かかれぇぇっ!!!」
雄叫びと共に手下達が一斉に走り出しました。まっすぐこちらに向かって来ます。
「虎」がフランベルクを鞘から抜きました。もはやピストルではなくなったバズーカ砲を片手で悠々と担ぎ上げ、特攻隊に指示をかけます。
大海賊と大海賊とが遂にぶつかりました。激しい銃声が飛び交い、金属のぶつかる音や詰り合う声が聞こえます。
後方支援の範囲でですが、僕も誰かに加勢しようとがむしゃらに突っ込みました。しかし、すぐに誰が敵で味方かさえも分からなくなってしまいました。
キョロキョロしていると背後から急に腕を捕まれました。殺されるかと思い激しく抵抗すると、頭を叩かれました。振り返ってまず目に入ったのはルナの顔でした。
「よそ見しちゃ駄目!!」
カットラスを振り回しながら周りの喧騒に負けじと叫び、彼女は僕を安全圏まで引っ張ってくれました。
島の反対側まで来ていました。僕達が上陸した場所は緩い坂でしたが、こちら側は崖になっています。下の方の入り江にいくつもの敵船が停泊しています。波に揺られ、時々船同士がぶつかっています。
雨は降っていませんが、空は雲で覆われ、波も荒く飛沫をあげていました。風が吹き荒れていて、油断すると飛ばされそうでした。
下ばかり見ていた僕の服をルナが掴み、引っ張り上げました。
「コルーシ、あれっ!!!」
「え?」
一瞬自分がどこにいるのか忘れていました。
様々な音を突き抜けて耳に入ってきたのは……ハルタの声です。
「シゲ!!!シゲっ!!!!!!起きてよ、ねえ!!!!」
その言葉を最後に、音という音が聞こえなくなりました。世界から色が抜け、モノクロに変わりました。
そう遠くない地面に、シゲが倒れています。その上にハルタが覆い被さり、泣いています。
これは夢です。夢に決まってます。シゲが、あのシゲが、そんなはずはありません。
色褪せた世界で唯一綺麗に見えたのはルナでした。彼女も泣いていました。僕の手をギュッと握り、頬を涙で濡らしています。
彼女の涙で現実を飲み込めました。世界に段々と色が戻り、シゲの顔が血で真っ赤に染まっていきました。
「………シゲ……」
ルナが僕を立たせてくれました。震える足で踏ん張り、よろけながらハルタの傍に行きました。その間、ルナがずっと手を握っていました。手の温もりだけが僕を突き動かすことが出来ました。
僕もシゲの横に膝をつきました。ハルタは顔を上げません。シゲの胸に突っ伏して、今にも心臓の鼓動する音が聞こえるのではないかと言うようにじっとしています。
シゲの顔は穏やかなものでした。戦って死んだようにはとても見えません。痛みに苦しむことなく逝ったのでしょう。その場面を懸命に想像しようとしましたが、出来ません。僕の胸が痛みではち切れそうです。空いている方の手でシゲの手を握り、事切れた彼を見つめました。
随分長い時間そうして動かずにいました。敵に狙われてもおかしくない状況でしたが、誰も僕達に注目していません。自分のことで精一杯なのです。
周りで起こっている戦いが全て絵本のように見えました。傍に仲間が倒れても、その度にルナが鼻を啜っても、全く気になりませんでした。
暫くして何かがおかしいことに気がつきました。辺りがしんとしています―――そう、しんとしているのです。何も音がしません。
ハルタが顔を上げました。悔しさを一旦忘れ、静寂の正体を探ろうと頭を動かしました。その動きが止まり、瞠目したまま固まってしまいました。
ルナも動いていませんでした。同じ方向を食い入るように見つめています。長い睫毛に涙が光っています。
見たい思いと見たくない思いがせめぎ合い、好奇心が勝ちました。
僕も皆が見ているところに目を向けました。
敵味方問わず全員が見ていたのは、島のちょうど中心部分でした。随分と踏み荒らされています。武器を持った腕が2本、脚が2本転がっています。
倒れているのは総大将です。両腕両脚を失い、力なく胸を上下させています。
その喉元にフランベルクが突き刺さろうとしていました。あと1㎜でも動けば刺さってしまうような位置で、何故かそれ以上進もうとしません。
「虎」は総大将に股がっていました。今まさにフランベルクでその喉を貫こうとしていましたが、やはり動きません。目を見開いたまま、何かを見ています。総大将に狙いを定めているのかと思いましたが、それにしては変です。
その後ろに綺麗な女性が立っていました。総大将の妻です。服が真っ赤に染まっています。何かを持ち、突き出しているようです。
女性が突き出しているのは……あれは、あの形はフランベルクです。「虎」が突き刺そうとしているものと同じ、蛇がうねっているような形の剣です。
「虎」の見ているものを、僕も見てしまいました。
彼の胸から飛び出しているのは――