海賊船「Triple Alley号」
彼――ヨシノが自分以外の名前を覚えたのは2人が初めてだった。ノブとルーク、何度も呟いてはぎこちない笑みを溢した。
ノブの家は代々続く貴族で、3人の中では1番立派な屋敷に住んでいた。ヨシノの母親が作る革製品を愛用し、使わないものまで買い込んでいた。
ルークの父親は狩人だった。あらゆる動物の毛皮を剥ぎ取り、鞣して販売する業者だった。ヨシノの母親がその毛皮を買い、加工した品をノブの母親が買うのだった。
3人はすぐに打ち解けた。それに伴い第一印象も少しずつ訂正されていった。
ノブはぼんやりしているようでそうではなかった。人からは信頼されたいくせに、自分は誰も信頼したくない性格だった。自分の気持ちを常に隠し、人に嫌われたくない一心で笑う子供だった。
ルークは確かに破天荒でおてんばだが、意外と繊細な心を持っていた。些細なことで傷ついたし、些細なことでよく笑った。それに3人の中ではルークが1番臆病者だった。
ヨシノは冷静で大人びていたが、実は1番の寂しがりだった。一度仲良くなった人を生涯大切にする、優しい少年でもあった。ただ、強いストレスを受けると理性を失って暴れることがあった。
性格はそれぞれバラバラだったが、だからこそ3人は意気投合した。
徐々に3人きりでいる時間が長くなってきた。相対的に家にいる時間は短くなった。
ノブは家にいるのが好きだったが、ルークとヨシノはそうではなかった。ヨシノは家が嫌いだったし、ルークは閉じ込められるのが嫌だった。
3人はよくそれぞれの家へ遊びに行った。1番多かったのがルークの家だ。ノブの家は身分の違いから滅多に入れず、ヨシノは家に誰も入れたがらなかった。
ルークの家は十分広いはずだが物でごった返していた。父親が狩ったトナカイの頭や猛獣の毛皮など、野生に満ち溢れた空間が広がっていた。しかもルークは鳥猟犬を飼っていた。狩猟犬と言うことで怖そうに思えたが、大人しく優しい雄のゴードン・セッターだった。
ルークの部屋には動植物の断片が詰め込まれていた。様々な種類の鳥の羽、肉食動物の牙や爪や骨、鮮やかな色の花をつける植物、ハエトリソウなどなど……まるでジャングルの中にいるような気分だった。
ルークにせがまれ、ヨシノは自宅から1羽の伝書鳩を持ってきていた。革製品の加工だけでは生計が立たず、副業として伝書鳩の販売も行なっているのだ。伝書鳩は真っ白で赤い目の、ヨシノと同じアルビノだった。
2人はアルビノを気味悪がらなかった。ノブなどはこの鳥をすぐ気に入った。
「かわいいよね、このこ!」
人に慣れていたこの鳩は、ノブが差し出した腕にちょこんと飛び乗って囀ずった。ルークがその鳴き声を「通訳」した。
「お腹空いたってさ」
「嘘だよ、さっき食べさせたばかりだもの」
「でもこいつそう言ってるよ」
ヨシノはルークの通訳を信じなかったが、ノブは嬉しそうにポケットを探った。
「はい、あわだよ。ぼくのオウムとおなじえさだけど、たべるかな?」
「大丈夫だよ。穀物なら何でも食べるから」
ヨシノはまだ半信半疑だったが、ノブを止めようとはしなかった。ノブが掌一杯に盛った粟を見た途端、鳩が首を伸ばしてそれをつつき始めたからだった。ノブはくすぐったそうに笑ったが、鳩を驚かさないようじっとしていた。
粟を全て食べきり、鳩は満足そうに飛び上がってルークの肩に止まった。ルークの頬に顔を擦り寄せながら再び楽しそうに鳴いた。
「お腹いっぱいになったって」
ルークも嬉しそうだった。顔の横で跳ねている髪もパタパタ揺れた。鳩になつかれていることより、ヨシノの疑いを晴らしたことの方が重要だった。
「ルークはすごいね!どうぶつとはなせるなんて!」
「って言うか、みんなは話せないの?」
「むりだよそんなの!」
「何で?」
「え?なんでって……なんでだろ?」
ヨシノはまだ怪しんでいたので特に考えもしなかったが、ノブは真剣に考え込んだ。しかし答えが出ることはなかった。ルークは物心ついた時から話せたし、ノブもヨシノも話せる側になったことが一度もないからだ。
先にルークが音を上げた。考えても何も分からないからと、傍にあった加工されていない動物の毛皮を取って頭から被った。鳩が肩から舞い上がり、ヨシノの頭に降りた。
「あー分かんない!考えても分かんなーい!」
「あはは、ルークがトラになった」
話題を逸らす良いきっかけだと思い、ヨシノは口を開いた。
「ルークは元々トラみたいな感じするよね」
「たしかに!トラそっくりだよねぇ」
「え、そうか?」
ルークはすぐにトラの真似をして見せた。それがあまりに似ていたので、2人は思わず笑ってしまった。ルークの話では、よく母親に連れられて父親の狩りを見せられているとのことだった。おかげでルークは随分と動物に詳しかった。
「ぼくがトラだとしたら、ノブとヨシノは何だ?」
「え、ぼく?なんだろう……」
「僕は何でもいいよ」
「ちょっと待ってて、何かないか探してくる!」
ルークはトラの毛皮を被ったままパタパタと走って部屋を出ていった。残された2人はその後ろ姿にまた笑った。
少ししてルークが戻ってきた。トラの皮を脱いで手に持ち、新たに毛皮を数枚被っている。
「いっぱいあったー!」
そう言って毛皮をドサドサと床に落とした。ノブとヨシノは上から覗き込んだ。鳩は再びルークの肩に止まった。
「えーと、まずこれがもう一匹トラで、これヒョウで、クロヒョウ、アメリカヒョウ、チーター、ハイエナ――これはブチハイエナだな――それからサーバルキャット。どれがいい?」
「アメリカヒョウってなに?」
「ん?アメリカヒョウはジャガーとも言って、ライオンがいるサバンナの生たい系とは別の生たい系でライオンと同じ地位を占めてるんだ。もしかしたらライオンより強いかもしれないよ」
「……へ?」
「要するに、ジャガーはライオンと同じく百獣の王ってことだね?」
「あ、それそれ。その方が分かりやすかったかな」
ルークは照れ臭そうに笑ったが、ヨシノには十分分かる説明だった。ノブは元々そんな世界を知らないから分からないのだ。
百獣の王と言われてノブは気に入ったようだった。
「じゃあぼく、このアメリカヒョウにする!」
「よし、持ってっていいよ!……あ、いらないか?」
「ううん、もらう!ありがとう!」
「ヨシノはどうする?」
ヨシノは正直どれでもいいと思っていたが、ルークに迫られて仕方なく考えた。
「ええと………サーバルキャットってどんな動物?」
「こいつはとってもスタイル良いんだ。え物をじっと伏せて待ってて、ねらいを定めたら飛び上がって真上から仕止める。面白いよ」
「ふーん……じゃ、ブチハイエナは?」
「みんなドロボーだって思ってるみたいけど、実はこいつらちゃんと狩りしてるんだ。むしろライオンがドロボーしに来るぐらいだし。あと、かむ力がすっごく強い」
「へえ……こっちのチーターは?」
「チーターは足が速くて、細身でキレイなやつ。ヨシノにぴったりかもね」
「僕、足速くないよ」
「そっちじゃなくて、チーターの顔って言うか…なんかいつも涼しそうな顔してんだ」
「別に涼しくないけど……じゃあ、ヒョウは?」
「ヒョウは木登りが得意なんだ。チーターに比べるとごついかな。ああ、確かにヒョウも似合いそうだよなー……ノブはどう思う?」
「ヒョウかぁ…イメージだと、チーターのほうがにあってるとおもうけどなぁ」
「じゃあチーターで!」
はい、と毛皮を渡された。持って帰るつもりはなかったのだが、どうしようもないので受け取った。毛皮の顔辺りを見つめ、この動物が生前動いていた様子を思い浮かべた。人間もこんな風に皮を剥ぎ取られればいいのに、と思った。
ルークは満足したように微笑んだ。
「じゃあ、ぼくがトラでノブがジャガーで、ヨシノがチーターだな!」
「通り名みたいだね」
「トーリナだね!」
ルークの部屋が秘密基地代わりになって、3人は良からぬことを企むように顔を見合わせて笑い合った。伝書鳩も嬉しそうに囀ずった。