海賊船「Triple Alley号」
3人でいる時間が日に日に増していった。お泊まりとか何とか言って、ついには2,3日家に戻らない日も出てきた。それまでの窮屈な日々に戻りたいとは誰も思っていなかった。
海岸に建てられたノブ家の別荘に3人で立て籠り、日夜改装を続けた。持ち主が住むつもりもなく買ったそこは、何年も使われずに荒れ果てていた。腐った柱を新しいものと交換し、屋根裏から床下まで駆け回って修理した。広大な庭もきちんと手を入れ、屋敷は見違えるように綺麗になった。
自分達が世話した屋敷はとても可愛らしく、いよいよ3人は本気でここに住まうことを考え始めた。しかしその為には親の許可と金が必要だった。
庭から海を眺めていると、よく不思議な旗を掲げた帆船を見かけた。ヨシノはそれが何だか知っていたが、他の2人は未知のものに大興奮だった。
「ねえねえ、あれなにかしってる?」
「海賊船だよ」
「海ぞくって、本の登場人物じゃないの?」
「実在してるよ」
「うわあ、すごいなぁ!ふねでたんけんするのって、どんなかんじかなぁ?」
「……」
ヨシノは『実際にしてみようか』と言いたかった。実現不可能な夢だと諦めていたが、もしかしたら――それにはしかし、邪魔なものがあった。
ヨシノの言葉を代わりにルークが述べた。
「……ぼく達もやれないかな、海ぞく」
「ええっほんとにするの!?」
ルークと目が合った。何かを期待するかのような眼差しだった。犬耳がバタバタと激しく揺れ、耳と言うより犬の尻尾に近かった。
「だって、海ぞくは自由なんだろ?家に縛られたりしないで、自由に生きられるんだろ?門限とかないし」
「門限」の言葉に、ヨシノは思わず吹き出した。クスクス笑うとルークは機嫌を損ねたようで、鼻に皺を作った。バタバタ煩かった耳もパタリと大人しくなった。
「なんだよ、何か変なこと言った?」
「いや……べ、別に」
まだ笑いが止まらなかったがなんとか言い切った。ノブはポカンとしてそれを見ていた。2人が「門限」を真剣に考えているのが滑稽だった。
漸く真面目な顔に戻し、ヨシノは自身に言い聞かせつつルークを黙らせるつもりで軽く言った。
「でも僕達、海賊なんかにはなれないよ。だって親が許さないもん」
「そうだよねぇ~…」
ノブの相槌は落ち込んでいた。本当は自分もなりたかったようだ。
ルークはヨシノをじっと見つめていた。何か考え込んでいるようだった。言い訳でも出てくるのだろうかと身構えた。
「―――親がジャマ、ってこと?」
「……えっ?」
ノブも顔を上げた。言葉の響きから、邪魔なものは消そうという意味が取れた。ルークは冗談を言っているようには見えない。
「親がいるから、2人とも自由になれないのか?」
「……る、ルーク?何言ってるんだよ」
「ぼくん家は平気だよ。ぼくがいなくたって、ぼくより出来の良い弟がいるから」
「ルーク、ちょっと待ってよ。何言ってるんだってば!」
珍しくヨシノが声を荒げた。頬を冷や汗が伝っていった。何か嫌な予感がした。
ルークは自分の言葉を要約しようと口を開いた。聞きたくなかった言葉が次々に飛び出した。
「だから、親が消えれば2人とも自由になれるってことだろ?」
暫く沈黙が流れた。ノブは何を言われたのかが分からなかったし、ヨシノは言葉の意味を必死でねじ曲げようとしていた。まさか、いくらなんでも犯罪を犯そうだなんて、ルークが考えるはずがない。だって彼は温室育ちなのだ。彼の家は昔からの金持ちで、汚職なども勿論していない。使用人に囲まれてぬくぬくと育ってきた「坊っちゃん」なのだ。
ヨシノの考えを見抜いたのか、ルークは続けてこう言った。
「ライオンのオスはね、自分の地位がうばわれないようにするためになら子供だろうとようしゃなくころすんだ。それと同じことじゃないか?ジャマだと思ったらそれが何であれ取りのぞくだけ」
「ち、違うよ!!それは駄目だよ!!」
「何で?」
「何でって、僕達は人間だから!!!人間はそんなことしないよ!!」
「何でだよ、人間だって動物だよ。他の動物と何がちがうんだ?」
「人間には理性がある!!それだけで十分だっ!!」
「本能だってあるじゃないか!じゃあ何のために食べたり息したりするんだよ?テツガクとか言って考えるためにか?ちがうだろ、生きるためだろ!本能がそうさせるんじゃないか!!人間だからって思い上がるのはよくないよ!!」
「ふたりとも、さっきからなにいってるの?」
ノブはちんぷんかんぷんだと言うように眉を潜めた。これが正しい反応だ。貴族の子供が分かるような話ではない。
「……と、とにかく、駄目なものは駄目だ!!ひ、ひ、人殺しなんて、しちゃいけない!!絶対いけない!!!」
「ひとごろし?なにそれ?」
「……分かった。やらないよ」
ルークは分かっていない顔でブスッと言った。2人にしか分からない内容の話に、ノブもふてくされていた。
この話は止めにしよう。2人の気を逸らせるようなものはないかと、ヨシノは家の中を見回した。