海賊船「Triple Alley号」



***

――港町を不名誉な海賊が襲っていたせいで、俺達も目指す町に上陸出来なかった。だから、英雄気取りのようにも見える形でやつらを追い払うことにした。
戦闘の準備なんてしていなかったが、普通に応戦出来た。敵が弱すぎた上に、強奪に気を取られて注意散漫になっていたからだ。不意打ちは騎士道に反するような気もしたが、人助けも兼ねているし許してくれるだろう。
広い港町の至る所から悲鳴が聞こえていた。3人で別行動を取り、俺は大通りの海賊共を殲滅しにかかった。
1人だと少し不安だったが全く問題なかった。俺を見た途端やつらは尻尾を巻いて逃げ出した。海軍本部に正門から飛び込んだってんで、最近俺達の評判は上がって(なのかな?)いた。
張り合いのないやつらだなあと思っていると、ルークが走っていった方から微かに女の子の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。これはやばい。ルークは女の子が大の苦手だからな。助けに行った方が良さそうだ。
細い道をいくつか通り過ぎ、焼け野原になっている高級住宅街に出た。燃え盛る家を見ると、あの日の光景が蘇った。今は思い出に耽っている場合じゃないとそれを振り払い、急いで声のする方へ走った。
いた。ルークがオロオロと歩き回っている。時々チラリと一方向を見つめ、また歩き出す。
視線の先にいた女の子は、大人の遺体の傍にしゃがみこんでいた。おそらく両親を亡くしたのだろう。胸が痛んだ。彼女の気持ちがよく分かった。尚更ルークが近づけない訳だ。彼女に気づかれないうちに銃をしまった。
俺に気づいたルークはすがるような顔つきになった。目線でそれに応え、代わりに女の子の元へ駆け寄った。遠目だとオレンジ色に見えた彼女の髪は、近寄ると綺麗な銀色であることが分かった。
膝をつくと、彼女は顔を上げた。琥珀色の瞳が揺れていた。行く宛もない彼女を可哀想に思った。幼い頃の俺と同じ気持ちを味わっているのだろうか。
何を話そうか一瞬考え、そっと声をかけた。
「……俺達と一緒においで。そうすれば大丈夫だよ」
女の子は何も言わずにしゃくり上げた。まだ生き残った海賊が周辺を彷徨いている以上、この子を残して立ち去る訳にもいかない。それに、この子の家と思しき豪邸も燃えていた。ここにいては色々と危ない。
女の子を抱きかかえた。女の子はされるがままだった。
ルークは辺りを警戒していたが、俺が女の子を腕に抱えているのを見て口を開けた。まもなくその顔が驚愕とその他諸々の感情で青くなり始めた。
「………の、ノブ?おまっ……まさか、正気かぁっ!?」
「ああ、頗る元気だよ。さ、帰ろう。あと、俺は豹だからね」
ルークは言葉が出ないようで口をパクパクさせた。青かった顔が今度は赤くなっていった。一々大変なやつだ。

お持ち帰りした女の子は名をルナといった。ちょうど、新調(=海軍から強奪)したばかりの船に取り付ける予定の船首像と同じ名前だった。
歳上の男3人相手でも、元気を取り戻したルナは強気だった。
「ちょっと、ごはんがこげてるわ!あたらしいのとかえてちょうだい!」
「お前のは1番マシなやつだ!!俺のなんか見てみろよ、ああ!?こいつと替えてほしいってのか!?」
「……虎兄さん、相手は6歳ですよ…」
「知るかっ!!」
ルナが来てからルークはずっと不機嫌だった。特に彼が料理担当の日になると、ルナまで不機嫌になった。ルナが加わる前からのことだが、俺達3人は日替わりで料理を作ることにしていた。
ルナは俺の料理にはあまりガミガミ言わなかったが、何せルークはまだ右肩の傷が完治していないのだ。料理はハードルが高いだろう。しかしルークは当番をきっちり守っていた。
ヨシノの料理となると、ルナは少し控え目に文句を言った。ヨシノがルークより怖く見えるのも無理はないかもしれない。
「虎兄さん、私が代わりましょうか?」
「いい!!!自分でやる!!!」
「ヨシノさん、かわってよ!!このひとのりょうり、まずいわ!!」
「この人って誰だよ!?」
ルークは子供みたいに「あっかんべー」をすると台所へ消えていった。焦げてない白米がまだあったか確かめに行ったようだ。口では怒りながらも、結局優しいやつだった。

俺達の評判は鰻登りに上がっていったらしい。いや勿論、海軍的に言えば悪い意味で。
新たに仲間が加わったのだ。それも一気に3人。ウカミ君と神崎君、そしてルナより歳上の女の子、ジョゼフィーヌさんだ。ルークの機嫌は更に悪くなったが、ルナは友達が出来て嬉しそうだった。
ウカミ君は幾度となく探るような目付きで俺達を観察していた。その顔に見覚えがあるような気がした。
7人になり、出来ることがかなり増えた。
1つが、武器マニアとしての事業再開だった。神崎君は料理が得意だと言うので、朝食以外は彼に任せて、俺は収集、ルークは改造、ヨシノは開発に没頭した。
ヨシノがある新兵器の設計図を書き上げた。大砲2門を小さな部屋で囲んだ「連装砲」というものだった。
鋼材や弾薬を揃え、7人全員で製作に取り掛かった。共同作業の為かルークとルナの間にも僅かながら仲間意識が生まれたらしく、衝突することがだいぶ減った。
製作に殆ど1年を費やした。その間にたくさんの仲間が増えた。船上はとても賑やかになった。
船員の数が50近くにまでなったある日、ついに連装砲が完成した。射的も得意だと言う神崎君が試しに大砲を撃った。彼は顔中で「なんて素晴らしい!!」と表現していた。

平和な日が続いた。勿論、とある大海賊団や海軍と何回かは衝突したが、誰も死んだり大喧嘩したりすることなく穏やかに暮らしていた。
平和だったのに、事件が起きた。

最近急に疑い深くなっていたヨシノが、裏切り者を捕らえたのだ。縄で縛り上げられていたのはウカミ君だった。
ヨシノの話によると、ウカミ君が夜中にこっそり誰かに伝書鳩を飛ばそうとしているのを見つけたらしい。手紙には俺達のこれからの行動が事細かに記されていて、宛先は例の大海賊団だった。押収した手紙を見せてくれたが、確かにヨシノの言う通りだった。
悲しいことだった。皆を本当に信頼し始めていた矢先の出来事だっただけに、ショックが大きい。元々俺は人を信じる方ではなかったが、まさかこんなことが起こるなんて。
ウカミ君は俯いて黙っていた。失望していたがそれを何とか隠し、俺は彼に笑いかけた。
「ごめんね、君を悪者にしてしまって。悪いのは俺だよ」
ウカミ君がパッとこちらを見た。何を言われているのか分からないという顔をしていた。
「実は俺、君が向こうの一味にいたところを見たことあるんだ。見覚えあるなとは思ってたんだけど…気のせいだって考えるようにしてたんだ。それがいけなかったね。ちゃんと君を追い払うべきだった。スパイをするつもりだったんだろうって、最初っから閉め出してりゃ良かったのに。君を悪者にしてしまったのは俺だ」
ヨシノが咳払いした。敵に情けをかけるな、と目で言っている。ウカミ君は呆気に取られてこちらを見つめていた。
それまで陰に隠れていたルークが口を開いた。
「……でも俺、あの一味と戦うの好きだぞ……」
フォローしようという努力は窺えた。でもそれじゃ足りない。
と、ルナが言葉を引き継いで続けた。
「だって、私たちはまだだれも死んでないわけだし、裏切ったとは言え大したことしてないじゃない?お子ちゃまのイタズラでした、程度じゃない?」
口々にヨシノを除いた皆が賛同した。ウカミ君はそれが理解出来ないらしく、辺りをキョロキョロと見回した。
ウカミ君は向こうに流していたのと同じぐらいの情報を、こちらにももたらしていた。おかげで俺達は前以て準備をすることが出来たし、避けられたこともあった。事実、彼はどちらにも味方しつつ両方を裏切ったのだ。ここで放り出してしまっては、彼の行く先がなくなる。
ヨシノはまだ不満そうだったが、俺達はほぼ満場一致でウカミ君を許した。彼はしかめっ面で礼を述べたが、後でこっそり泣いているところも見てしまった――

***



***

楽しい回想もいよいよ底を突いてきた。あとはあまりいい思い出がない。仕方がない、2周目に入るか。
今日もベンターは上機嫌にヨシノ達の動きを報告してきた。もうすぐ、こちらに到着するそうだ。
ベンターはぐったりしている俺の耳元で囁いた。
「……やつらが到着するであろう日に、お前の公開処刑を行う。今準備をさせている。美しい処刑台が完成する予定だ。よかったな、愛する弟分に見守られて死ねるんだぞ」

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