海賊船「Triple Alley号」
食堂はホールのような感じでした。テーブルはたくさんありますが椅子はありません。とても大きいのですが、流石に153人が入るには狭そうです。しかし、どう考えても全員がここに向かっているようです。
テーブルを2班で向かい合うようにして挟み、立ちます。目の前に並べられている料理は豪勢で、海賊の食卓とはとても思えません。海軍の夕食より豪華です。
向かい合った班は女性だけのグループでした。この海賊団には女性もいるようです。
女性達に食器を配っているのは室長でしょう。室長は年長者がやるのかと思っていましたが、どうやらこの班の室長は歳で決められた訳ではないようです。どう考えても彼女より歳上という人が何人かいます。それでも室長は華奢で小さな彼女のようです。
彼女と目が合いました。長く伸ばしたプラチナブロンドの髪が先の方でカールしていて、三日月のようです。少し日焼けしていますが、地の肌は白いことが分かります。綺麗な琥珀色の目で見つめられ、僕は思わず飛び上がってしまいました。
彼女は僕に向かって軽く微笑み、それから班の女子のお喋りを止める方に意識を移しました。その横顔を見ていると、急に脇腹をつつかれました。シゲです。
「おいおい、その目はどうしたぁ?」
ニヤニヤしながら執拗に脇腹をつついてきます。恥ずかしくなって俯き、吃りながら何でもないと漸く呟きましたが、シゲは聞こえないフリをしてつつくのを止めませんでした。
厨房のドアが開き、料理人が皿を両手に僕達のテーブルへやって来ました。目の前に並んでいる分で終わりではないようです。
テーブルを回っている料理人の1人を見て僕は再び飛び上がりました。
彼は紛れもない「虎」本人でした。臙脂色のエプロンを着けて茹でた毛蟹を並べています。歩く度に犬耳が揺れています。皆は当たり前のように見ているのですが、僕からすれば料理をする船長などは信じがたいものでした。
思わずシゲに小声で尋ねてしまいました。
「料理って、船長がするの?」
「ん、お前知らねぇのか?うちでは船長も料理するんだぜ。有名だろ?」
「俺なんか下手な方だぜー。悪いな、コルーシ」
「あっ、い、いえ!!とんでもないです」
「虎」は朗らかに笑い、他のテーブルへ行きました。辺りを見回すと、確かにあとの2人も料理人に混じって料理を運んでいました。「豹」は水色、「山猫」は白のエプロンを着ています。3人の中でも家庭的に見える「豹」は料理しているところの想像もつきますが、あの2人となると。いや、あの「虎」と「山猫」の料理というのも、なかなか面白そうです。3人揃ってハンサムなので、女子にもモテそうですし……三日月の彼女の方を盗み見しましたが、特に誰を見ている訳でもなく、寧ろ料理に気を取られているようでした。ホッと胸を撫で下ろしました。
「ほら、山猫先生の料理が来るぜ!」
「せ、先生?」
「俺はあのお三方のことを尊敬込めて大先生様と呼んでんだ!!だってカッコ良くねぇか?」
「あー…そ、そうだね」
「あまり喋らないでいただけますか。唾が飛びます」
「「す、すみません!!」」
「……」
「山猫」は眉を寄せ、頭を下げた僕達を見ていましたが、美味しそうな焼魚を置くとテーブルを離れていきました。
続いて「豹」が来ました。特大サイズのローストビーフを運んでいます。
「お待たせ。はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
室長の2人が皿を受け取り、テーブルの中央に置きました。
シミ1つないテーブルクロスが見えなくなるまで料理を並べ、漸く夕食が始まります。
3船長は部屋の奥の上座に座りました。審査の時と同じく、「豹」を真ん中に「虎」が右側、「山猫」が左側です。
一番声の大きい「虎」が音頭を執りました。
「今日は新しいノラネコが1匹やって来たからな、皆仲良くしてやってくれー。んじゃ、キョロキョロしている新顔コネコちゃんに……かんぱーーーいぃ!!!」
確かに今キョロキョロしていたので、周囲の人にクスクスと笑われてしまいました。シゲなんて笑いすぎて暫く料理に手がつけられませんでした。流石にイラッと来ましたけど、三日月の彼女も笑ってくれていたので、何だかどうでもよくなりました。
目の前のローストビーフを頬張りながら、僕はふと疑問に思いました。
海軍で集めた情報によると、3船長はいずれも大金持ちの良家または貴族出身で、自ら料理などする必要はなかったはずです。一体どこで覚えたのでしょう。
謎はすぐ解けました。上座に目を向けた僕は手に持っていた毛蟹を落としそうになりました。見間違いかと思いましたが、そうではありませんでした。
3人のテーブルには、僕達のテーブル分より更に多くの料理が並んでいました。それをたったの3人で全て平らげていたのです。3人は異常な程の大食いでした。体格としては3人とも細身でがっしりした感じではないのに、食べる量が明らかにおかしい。
恐らく、食い意地が張ってたから料理が上達したのでしょう。好きこそ物の上手なれ――納得した僕は毛蟹の殻をむしりました。
横ではシゲがひたすら料理を掻き込んでいました。腹が減っているのかと訊くと、
「めちゃめちゃ食いまくれば、あのお三方のようになれるかもしれねぇだろ!?」
と口をモゴモゴさせて言いました。曖昧に頷き、小さいシゲの胃袋にちゃんと収まるかどうかを心配しながら焼魚の骨を探しました。
食事の後は風呂です。風呂場は船の船首側と船尾側に1つずつあり、班ごとに交代で入りました。時間が割り当てられていて、目まぐるしく人が動いていきます。
僕達は班の順番で最後でした。浴槽は泳げるほど広く、案の定シゲはそこで泳ぎました。シャワーが7本あり、全員で使うと水の勢いが弱まりました。シャンプーとボディソープ、リンスもあります。
きっかり10分で上がり、脱衣場で洗濯されたばかりの服に着替えます。洗剤のいい香りがします。
7人が用意を済ませたら、室長が壁に掛かっている紙に何かを書き込みました。よく見るとそれは今日の班の入浴確認表で、全ての班がきちんと入浴したかを確認出来ました。推測するまでもありません。「山猫」です。
僕達の班が最後かと思いきや、もう1つ下に班が書いてありました。室長は――「豹」。
「な~お前らまだか~?遅いぞ~」
「す、すみません!すぐ出ますので!」
「ああ、いいんだよーゆっくりで」
「……あまりゆっくりされても困りますが…」
カーテンの向こうに背の高い3人の人影。船長もここを使うようです。
シゲの顔が真っ赤になり、サッと俯きました。耳まで赤いです。彼は3船長を崇めているようです。
ドアを開け、待っていた3人の横を抜けて出ていきます。室長がお辞儀をすると3人らしい反応がそれぞれ返ってきました。
3船長は和気藹々しながら入っていきました。本当に仲良しですが、いつも同じメンバーで飽きないのでしょうか。まさかトイレまで一緒なのでしょうか。有り得そうなところが逆に怖いですが。つけ入る隙が見つかりません。
部屋に戻ったらサッサと寝る準備をします。
僕は自分の武器を入れた鞄を床に置いていましたが、皆はハンモックの中に持ち込んでいます。よくよく考えれば、その方が正しいですよね。僕も慌てて鞄を引き上げました。
寝転ぶと天井が思ったより近くにありました。不思議と閉塞感はありません。下の方から早速イビキが聞こえてきました。風呂から上がったばかりだと、普通は寝づらいはずなんですが……余程疲れていたのでしょう。
目を閉じ、今日の出来事を順に思い出していきます。
まず浮かんだのが3船長の顔でした。どうやれば1人だけを離せるのでしょうか。なるべくなら1人でいる時に声をかけて誘い出したいのですが、どうやら守りは完璧のようです。
次に今横で寝ているシゲが出てきました。彼とはいい友達になれそうです。僕の企みがバレるまでは、ですけど。
続いてこの部屋の住人が揃って浮かびました。ウカミさん――注意しなければ。僕を疑っています。
横のハンモックから咳払いする音が聞こえ、顔をそちらに向けました。シゲはまだ起きていました。
「……あのお三方のこと、どう思う……?」
「えっ?」
ヒソヒソ声で返答しづらい質問をされ、思わず作戦がバレたのかと思ってしまいました。
シゲは僕が3船長のことを全く知らなかったものと思ったようです。海軍の情報がどんなに少量のものであったかを思うと背筋が寒くなりました。あの3人は他に何を隠しているのでしょうか。
「第一印象、すっげぇ良いだろ?」
「ああ、うん。とても良い人達だと思うよ」
ドキドキしながらそう返すと、シゲはニンマリ笑ってお休みと言いました。寝返りを打ち、僕から顔を背けました。僕の返事に満足したようです。
緊張でカチカチになっていた全身を解し、最後にマルクル大佐を思い出しました。
マルクル大佐は僕を引き取って育ててくれた人でした。何とか彼の力になりたいと、今回の作戦の大役を引き受けたのです。第二の故郷である海軍基地がとても懐かしく、恋しく思えました。
思い描いているうちに、僕はいつの間にか眠ってしまいました――