お見合いだけど、恋することからはじめよう

「なんだ、ここにいたのか?」

秘書室の入り口から声がしたので、あたしたち三人が一斉に目を向けると、副社長がいた。

少し癖のありそうなダークブラウンの髪。
少年っぽさが残った、丸顔気味の輪郭。
目尻が上がったアーモンドのような二重の目に、すーっと通った鼻筋。
やわらかそうな、ちょっと厚めの唇。
色素の薄いカフェ・オ・レ色の大きな瞳。

加えて、一八五センチは確実にありそうな長身で立つお姿は、そこだけスポットライトが当たったかのように圧倒的な存在感で、光背すら見えそうだ。

……ぎっ、ぎええぇっ!?
どっ、動悸・息切れ・めまいがっ!

副社長は普段、この部屋には絶対に来ない人なのにっ!

「お急ぎですか?」

彩乃さんが冷静に対応する。
当然のことだとは思うが「婚約者」に対してまったく緊張はしていないようだ。

「取引先の社長がお見えになった。島村は今、法務部に行ってるから、彩乃、至急来てくれ」

そう言って、副社長は戻って行った。

ほぉーっと、息を吐く。マジで心臓に悪い。

最近、弁護士資格を持つ島村室長が、社外との契約や社内でのコンプライアンス関連のことで、法務部に行くことが増えている。
早晩、秘書室長を辞して法務部長に就任するための布石なのであろう。


とりあえず、彩乃さんはランチボックスやスープジャーはここに置いといて、すぐに副社長室に戻ってお茶出しするようだ。

「誠子さん、前室をお願いできますか?」

彩乃さんが副社長の執務室に入っているときに、前室に電話や急ぎのメールが入ることがあるため、だれかが代わりをしなければならない。

あたしを連れて行けば、まだ慣れない誠子さんにグループ秘書の仕事を全面的に任すことになるので、彼女を連れて行くのだろう。

誠子さんが「いいわよ」と言ったので、二人はあたしにじゃあね、と手を振り、急いで秘書室を出て副社長室へと向かって行った。

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