一円玉の恋
冗談で山神さんが、「翠ちゃんと結ばれたいから、お願いしてくるね。」と、言ってお参拝に行った。
その言葉が、悲しくなった。
冗談でもやめてほしいと思った。
そんな事は絶対に有り得ないのだから。
私は笑って「じゃあ、私は山神さんが、杏子さんと上手く行くようにってお願いします。」と言ってやった。

みるみる山神さんが不機嫌になる。

「まだ、そんな事言ってるんだ。本気でそんな事思ってるの?まだ分かってもらえないんだね。本当鈍臭い子だね。」

と少し寂しそうに言った。

「まあいいや。いくらでも待つし。」

「じゃあ、次行こうか。」

と手を引いて歩きだす。

ぼんやりと考える。山神さんの好きな人が杏子さんではなかったら、一体誰なの?
じゃあ、あの欄干で楽しそうに話していた人?
そんな事を考えただけで、なんで、こんなに胸が苦しいんだろ。
私どうしちゃったんだろう。と、これまで感じた事のない感情に支配されて行く。

鬼は後半戦も容赦なかった。
おかげで変な感情に囚われる事もなかった。
修学旅行なんて比じゃない。
鬼だ、鬼だ、山神さんは鬼!死ぬ!水!暑い!
ぜひ今度誰かと来るなら紅葉の時期に来たい。
と思いながら、旅館に着いた。
今日は本気で疲れ果てたので、山神さんの背中流しての命令も断固拒否して、さっさとお風呂に入って黙々とご飯を食べて、バリケードだけは残りの力を振り絞ってちゃんと作って力尽きた。

ぐっすり眠っているはずなのに、夢を見た。
心地いい夢だった。
腕枕をされて、頭を撫でてくれる。
そしてギュッと身体がいい匂いに包まれる。
ああ落ち着く、この匂いが好き、大好き!
ずっとこうしていたいなぁ。
離れたくないなぁ。大好き!と夢の中で呟く、
そしてギュッっと自分も抱きつく。
遠くで誰かが「俺もだよ。翠」と優しく囁いた。

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