一円玉の恋
「おじさんねぇ…。それはそれは、しっかり躾の行き届いたお嬢さんだね。」

とおじさんも皮肉めいた事を言ってくる。
構わず無視して、

「3点で、お会計が898円ですね。1000円なので、お釣り102円のおかえ…」

と伝えきる途中でおじさんがいつも通り、

「いらな…」

答えは分かっていたので、おじさんの決まり文句が言い終わる前に、チャリンっと募金箱に入れてやった。

「毎度ありがとうございまーす。」とにっこりと最上級の笑顔も付けて。
おじさんは面白くなさそうに去って行く。
その後ろ姿を、帰れ帰れ。
アンタなんか、嫌いだ嫌いだ嫌いだ。と、呪文のように唱えながら、見送ってやった。
なんで、アンタに送ってもらわないといけないのよ?
私からしたらアンタも変質者も大差ないわ!

深夜近くにバイトが終わって、帰ってからの段取りを考えながら、急いで自転車を走らせる。

だが不運は起こるもので、アパートに着いたら、下の階で火事が起きていた。
なんでだ。なるべく親には負担をかけまいと、やり繰りして細々と生きているのに、何故に邪魔をする。

火事は消化作業が素早かった為、大ごとにはならずに済んだ。
私の部屋も無事だったが、下の階からの煙りが上がって煤だらけになっていた。
部屋は真っ黒で住める状態ではない。
はぁー悲しいなぁー。と、思いながら、黙々と片付けをする。
悲しいなぁー。今日どこで寝よう。と、途方に暮れる。

そんなやるせない気持ちを知ってか、知らずか、一番関わりたくない男が開け放した部屋の玄関にいつの間にか立っていた。
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