カラダから、はじまる。

「おい、高木!」

七海とのスマホでの通話を終えた田中が、ようやくこちらに目を向けた。

「悪いが……少し、出てくる。なにかあったら、おれのスマホに連絡してくれ」

田中は銀座タニザワの黒いブリーフケースを手にし、わたしたちの前をすーっと通り過ぎて行くと、課のドアに手をかけた。

「……わかりましたよ。でも、この『貸し』は、今度きっちりと返してもらいますからね?」

高木は顳顬(こめかみ)を押さえ、ため息を吐きつつも、なんとか了承した。

「田中……七海が迷惑かけて、ごめんね」

姉として居たたまれなくなったわたしは、田中に謝罪した。

「いや、水野が謝ることじゃない」

田中は、わたしをちらりと見て言った。

口の端を少し上げて、一見微笑んでいるような表情なのだが「暖かみ」なんて微塵もない。
そこからは「冷気」以外、いっさいなにも感じられなかった。

一目見たら最後、背筋がカチコチに凍りついてしまうほど……怖ろしい「笑顔」だった。

だから、戸川はもちろん、本宮だって、息をのんで黙ったまんまだ。


「どうやら、おれが……彼女のことを野放しにさせすぎちまったみたいだからな」

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