カラダから、はじまる。
「……七瀬」
父が穏やかな目でわたしを見ている。
「リーダー研修のメンバーから外して、悪かったな」
わたしは首を左右に振った。
「田中と本宮が選ばれたのは妥当だと思ってるから……もう、大丈夫よ」
……もしかして、思いっきり凹んでいたのはバレてたのかな?
「田中は上も認める逸材だから、大事に育てるように言われておれに任されている」
父よりも「上」ということは……金融庁の事務方トップ……もしかしてさらに「上」の、内閣府……つまり、内閣官房筋かもしれない。
「本宮は見合いをして『順調』らしいから、いつまでここにいるかわからんが……もし『転職』して政治家にでもなったら、『古巣』に恩返しをしてもらわんとな。そのための布石だ。
それに、残るにせよ、出ていくにせよ、ヤツもいずれ人の上に立つ人間であることは間違いない。
だから、リーダー研修を受けて人脈を広げることは、決して無駄にはならないさ」
あの要塞みたいな鉄壁の防御力の田中の「行状」まで知ってる父ならば、オープンテラスでお茶を飲んでいるような本宮のことなんて、筒抜けもいいところなのだろう。
「……おかあさんにそっくりの七海のことは皆目わからんが、おれにそっくりなおまえのことはわかっているつもりだぞ」
……はい?
「ふらふらして……自分を『安売り』するな」
……まさか、就職してからのわたしが一人の男と深くつき合わず、時々一夜限りのカラダの関係で性欲だけを満たしている、って気づいてる?
学生のときだって、「田中を好きな自分を紛らわす」ためにつき合っていたのが、ミスT大の協賛をしていた広告代理店のうんと歳上の既婚者だったから、親に胸を張って紹介できる相手じゃなかったけれど。
「おまえにも、一生を添い遂げられる男が必ず見つかる。だから……焦るな」
父の口調はどこまでも穏やかだ。
だけど……その目は、いっさい笑っていないんですけれども。
……却って、ものすごーく怖ろしいわ。