カラダから、はじまる。

「今から……昼メシなんだろ?」

今やほとんど手に力の入らない中、なんとか落とされずにいるわたしのトリーバーチを見て、田中は言った。

「忙しいのに、足を止めさせて悪かった」

正午はとっくの昔に過ぎていた。

「あ、うん……いいのよ……」

わたしはかろうじて声を搾り出した。
ザワついた気持ちは、なかなか収まりそうにない。

そして、田中はわたしの前から去って行った。


……と、思ったら。

数歩進んだところで、くるりと振り返った。

「それからな……水野……」

去っていくものとばかり思っていたのに、再び呼びかけられたわたしは「なに?」と、田中の顔を見る。

少し神経質そうではあるが、すっきりと鼻筋が通った理知的な面立(おもだ)ちが、まだすぐそこにあった。

その田中と……目が合う。


……あぁ、やっぱりこの(ひと)が好きだ。

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