カラダから、はじまる。
「まぁ……別にいいよ。さすがに、ウソやデマは困るけどさ」
本宮のこういう開けっ広げなところは「超秘密主義」の田中とは真逆だ。
「……そもそもさ、おれの見合い相手は『華道の家元』なんかになるはずじゃなかったらしいんだよ」
ぐつぐつと煮えた小鍋からピックアップした牛肉を溶いた卵に潜らせながら、本宮は話し始めた。
「物心ついたときにはすでに両親の仲が悪くて、別居して母親の実家で暮らしてたらしい。だから、子どもの頃から華道の稽古していたわけじゃないみたいだ。
中学生のときにとうとう離婚して、母親に引き取られたから、父親とはたまにしか会ってなかったって言ってたしな。母親も当時まだ健在だった政治家の祖父さんの秘書をやっていて、すごく忙しかったそうだ」
「なるほどね……『お嬢サマ』にも事情があったんだ」
わたしは鰻重を食べながら聞く。
このご時世、いくら中国産とはいえ、このお値段でウナギをいただけるのはありがたい。(わたしのおサイフから出て行くわけではないが)
「わたしは中学生の頃、せっかく入った私立の中高一貫の女子校を転校するのがイヤで、父の九州への転勤にはついていかずに、東京に残って祖父母の家にいたのよ。だから、傍に親がいないさみしさはよくわかるわ」
ご近所さんたちをはじめとする世間の人々に対して「自慢の孫娘」だったわたしを、もちろん祖父母はかわいがってくれ、全国模試の結果などが良ければ大袈裟なくらい褒めてくれてはいたけれど、やはり両親が恋しくてホームシックになったときにはどうしようもなかった。
だけど、良くしてくれている祖父母を悲しませたくなくて、一人ベッドの中でひっそりと何度も泣いた。
「おれも私立の中高一貫の男子校に通うために、高知の親元を離れて神戸の叔母の家に居候してた身だからな。わかるよ、それ」
……あら、意外な共通点。
でも、昔からの超名門私立男子校には、全国各地から選りすぐった「精鋭」たちが集まってくるのがデフォルトだ。
わたしの父も福岡から上京して、伯父の家に下宿しながら通学していた。
だからこそ、父は『七瀬だけじゃなくて、おとうさんたちだってさみしくて堪らなくなるんだぞ』と言いつつも、わたしが東京に残るのを許してくれたのだけれども。