その身体に触れたら、負け ~いじわる貴公子は一途な婚約者~ *10/26番外編
さあっと風が吹き抜け、フレッドの前髪が揺れた。わずかに彼の表情が歪んだように見えたが、彼が目にかかった前髪を払ったときにはもういつもの薄笑いに戻っていた。
「それは、どういう意味でしょう」
「言葉通りです。私はこの結婚に、紙以上のものを求めません」
夫婦の営みをしない、いわゆる白い結婚と呼ばれるものだ。家名はもちろん、財産も含めた一切が当代きりとなるため、上流階級ではありえないことであった。フレッドが乾いた笑い声を上げた。
「ずいぶんはっきりおっしゃいますね。あなたも貴族令嬢だ、子供をもうけないことがどういうことかおわかりでしょう」
「ええ、その上で申し上げています。白い結婚はあなたの家や私の父にとっては誤算かもしれませんが、それぞれの家の存続には支障のないはずです」
もちろん、とオリヴィアは目を伏せて続けた。
「……必要でしたら、他の女性をおそばに置かれても構いません」
オリヴィアにしては珍しく、歯切れの悪い言い方になった。夫にないがしろにされている憐れな妻、と人々に揶揄されるのは容易に想像がつく。
けれどそのことに目をつむってでも、自分の身を守りたい。自分を守るのであればそれ位の代償は引き受けなければならないだろう。
「その要求を僕がのむ道理はないと思いますが」
「この婚姻は政略結婚です。貴方も心から望んだわけではないでしょう。ですから望まぬ相手と子を成すよりも、これから貴方が想いを寄せる方ができたときに……、あるいはもういらっしゃるのかもしれませんが、その方を公然とそばに置ける方が良いのでは? 貴方にとっても悪い話ではないと思うのですが」
フレッドが木を囲むように咲いたマーガレットを一本むしる。
「あなたはそれで良いのですか」
「ええ、もちろん」
不意に彼女に被さるように、フレッドが彼女の頭の上で木に片肘を突いた。
冷然と自分を見すえる空色の瞳はあまりにも近い。
「それは、どういう意味でしょう」
「言葉通りです。私はこの結婚に、紙以上のものを求めません」
夫婦の営みをしない、いわゆる白い結婚と呼ばれるものだ。家名はもちろん、財産も含めた一切が当代きりとなるため、上流階級ではありえないことであった。フレッドが乾いた笑い声を上げた。
「ずいぶんはっきりおっしゃいますね。あなたも貴族令嬢だ、子供をもうけないことがどういうことかおわかりでしょう」
「ええ、その上で申し上げています。白い結婚はあなたの家や私の父にとっては誤算かもしれませんが、それぞれの家の存続には支障のないはずです」
もちろん、とオリヴィアは目を伏せて続けた。
「……必要でしたら、他の女性をおそばに置かれても構いません」
オリヴィアにしては珍しく、歯切れの悪い言い方になった。夫にないがしろにされている憐れな妻、と人々に揶揄されるのは容易に想像がつく。
けれどそのことに目をつむってでも、自分の身を守りたい。自分を守るのであればそれ位の代償は引き受けなければならないだろう。
「その要求を僕がのむ道理はないと思いますが」
「この婚姻は政略結婚です。貴方も心から望んだわけではないでしょう。ですから望まぬ相手と子を成すよりも、これから貴方が想いを寄せる方ができたときに……、あるいはもういらっしゃるのかもしれませんが、その方を公然とそばに置ける方が良いのでは? 貴方にとっても悪い話ではないと思うのですが」
フレッドが木を囲むように咲いたマーガレットを一本むしる。
「あなたはそれで良いのですか」
「ええ、もちろん」
不意に彼女に被さるように、フレッドが彼女の頭の上で木に片肘を突いた。
冷然と自分を見すえる空色の瞳はあまりにも近い。