その身体に触れたら、負け ~いじわる貴公子は一途な婚約者~ *10/26番外編
 シトラスの香りがまた鼻をかすめて、心臓が震え上がる。彼女は「離れてください」と何とか声を絞り出した。

「僕らは婚約者同士です。対外的に全く触れないでいるわけにはいかない。おわかりですね」

 突いた腕の先で、フレッドがマーガレットを握り潰す。白い花弁が二人のあいだを無残に舞った。

 震えが足にまで伝わる。これ以上近づかれたら醜態をさらしてしまう。

 オリヴィアは「はい」と言葉少なに返事をしつつ、フレッドが木に腕を突いていない側からどうにか抜け出した。

 そのとき彼が済まなそうな表情を一瞬だけ浮かべたことに、彼女は気づかなかった。

 胸に手を置いて鼓動を落ち着かせる。
 フレッドはしばらく思案顔だった。無理もない。突拍子もない提案であるのは承知の上だ。受け入れられなくともこの婚姻は成立する。駄目で元々のお願いだ。

「わかりました。そのお願いを聞いてもいい」
「本当ですか。ありが」
「ただし」

 彼女が言い終わるのを遮り、フレッドが木にもたれて腕を組んだ。
 綺麗な人だと思う。その目はしんと冷たく見えるけれど、長い手足を持て余し気味にするのも、木漏れ日が栗色の髪や引き締まった身体に零れ落ちるのも、まるで絵画のようだ。

 触れたいとは思わないけれど。

「条件があります。賭けをしましょう。あなたがそれに勝てば、僕は白い結婚を受け入れる。そして僕が勝ったら」

 オリヴィアはごくりと喉を鳴らした。

「そのときは、婚約を解消しましょう。期間はそうですね、次の社交シーズンが始まる前の三月までにしましょう。解消するときは、フリークス家から断ってください。いかがですか」

 フレッドが笑みを深めたが、その目は全く笑っていない。
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