その身体に触れたら、負け ~いじわる貴公子は一途な婚約者~ *10/26番外編
 動悸がして、息が浅く短くなる。
 ぎゅっときつく目をつむる。気づけば涙が止めどなくあふれていた。

「…………?」

 どれほど経っただろう。触れられる気配は一向になかった。

 やがて彼女の両脇に突いた手が離れ、ベッドがかすかに軋む音とともに、沈みこんだ身体がすっと浮く感覚がした。おそるおそる目を開ける。

 フレッドはそこにはいなかった。

「…………ごめん」

 ほとんど聞き取れない小さなつぶやきが、二人のあいだにぽつりと落ちる。オリヴィアは強張った首をぎくしゃくとめぐらせた。

 彼はベッドの端に腰をかけ、力なくうなだれていた。その姿は悄然としていた。

「きみが怖がることを僕は知っていたのに、僕は……してはならないことをしてしまった」

 その背中がひどく頼りない。

「きみが他の男と結婚すると聞いて、自分を抑えられなかった。そいつに取られる前にきみを奪ってしまおうと……ごめん」

 オリヴィアは信じられない言葉に、まだ小刻みに震える身体を起こした。

「もしかしてフレッド様は今も私を、……想ってくださっているのですか?」
「初めて会ったときから、僕はきみしか見ていないよ」

 憔悴しきった声。そのときオリヴィアは初めて、自分もまた彼を傷つけていたことに思い至ったのだった。

 あのときは、耳にしたもののショックが大きすぎて、彼自身の気持ちを確かめることもせずに逃げ帰ってしまったけれど。
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