その身体に触れたら、負け ~いじわる貴公子は一途な婚約者~ *10/26番外編
舞踏会や晩餐会で二人が連れ立って参加する姿が他の貴族達の目に止まるなり、二人の婚約はまたたく間に社交界に広まった。
「飲み物を取ってきましょう。シャンパンでいい?」
「ありがとうございます。でもお酒に強くないので、レモネードをお願いします」
「わかった」
笑って離れるフレッドの背中を、ぼんやりと見送りつつ壁際に移動する。
皮肉にも互いに触れないというあのルールのおかげで、フレッドはいまや彼女にとって誰よりも安全な存在になった。
ダンスで腰に手を回される度に身体が強張るのは止められない。けれど、触れる前には必ずひと声かけてくれ、不必要な接触はされない安心感から、彼と踊ることにさほど抵抗を感じなくなってきていた。
二人のそんな姿が噂を後押しする。
それとともに、突き刺さるような視線を浴びることも増えた。たぶん視線の主はフレッドを慕う令嬢たちだろう。なんせ彼は知的さを感じる鋭い線のなかに、細くて柔らかい髪や眼差しに見られる甘さを絶妙に配しているのだ。オリヴィアにはその眼差しが嘘っぽく見えるけれど、女性に騒がれる容姿であることは否定できない。
「浮かない顔だ。なぜアルバーンの次男と婚約したのですか?」
不意に耳を打った低く太い声に、オリヴィアは思わず悲鳴を飲みこんだ。
「いきなり詰問(きつもん)なさるとは、失礼ではありませんの?」
「久し振りですね、オリヴィア嬢。求婚までした仲じゃないですか。それなのに、目が合うとすぐに逃げられてしまう。こうでもしないと話もしてくださらない」
「求婚はお断りしたはずです」
イリストア伯爵の嫡男であるカイルだった。黒髪は癖毛なのかゆるく頭の上でうねり、劣情のこもった視線が彼女の顔や開いた胸もとをねっとりと這う。
ぞわりと背筋が震えて、彼女は後ずさった。無意識に逃げ道を探すと、カイルがさらに一歩踏みこんだ。息が苦しくなる。
「あなたが彼と結婚するメリットは何もない。俺の家も伯爵家ですが、将来はその爵位も俺が継承する。条件としてはあの軟弱男よりよっぽど良いですよ」
「軟弱? あの方が? 全然そうは見えませんわ」
「あの男は騎士の名家に生まれながら、一人だけ騎士にならずに法律学校に通った軟弱者ですよ。でもまあ、今はあの男のことはいい。それより考え直していただけませんか。それとも、俺は淑女に挨拶する価値さえないとでも?」
オリヴィアはしぶしぶ手を差し出した。確かに、恐怖心があるからといって挨拶まで拒めば、誰かにまた生意気だと叩かれかねない。それにしても、フレッドは彼女の見る限り、決してカイルに軽蔑されるような人ではないと思う。
彼が手の甲に唇を寄せる。すぐに手を引こうとしたのに、その手は逆に強い力で握り込まれた。
「飲み物を取ってきましょう。シャンパンでいい?」
「ありがとうございます。でもお酒に強くないので、レモネードをお願いします」
「わかった」
笑って離れるフレッドの背中を、ぼんやりと見送りつつ壁際に移動する。
皮肉にも互いに触れないというあのルールのおかげで、フレッドはいまや彼女にとって誰よりも安全な存在になった。
ダンスで腰に手を回される度に身体が強張るのは止められない。けれど、触れる前には必ずひと声かけてくれ、不必要な接触はされない安心感から、彼と踊ることにさほど抵抗を感じなくなってきていた。
二人のそんな姿が噂を後押しする。
それとともに、突き刺さるような視線を浴びることも増えた。たぶん視線の主はフレッドを慕う令嬢たちだろう。なんせ彼は知的さを感じる鋭い線のなかに、細くて柔らかい髪や眼差しに見られる甘さを絶妙に配しているのだ。オリヴィアにはその眼差しが嘘っぽく見えるけれど、女性に騒がれる容姿であることは否定できない。
「浮かない顔だ。なぜアルバーンの次男と婚約したのですか?」
不意に耳を打った低く太い声に、オリヴィアは思わず悲鳴を飲みこんだ。
「いきなり詰問(きつもん)なさるとは、失礼ではありませんの?」
「久し振りですね、オリヴィア嬢。求婚までした仲じゃないですか。それなのに、目が合うとすぐに逃げられてしまう。こうでもしないと話もしてくださらない」
「求婚はお断りしたはずです」
イリストア伯爵の嫡男であるカイルだった。黒髪は癖毛なのかゆるく頭の上でうねり、劣情のこもった視線が彼女の顔や開いた胸もとをねっとりと這う。
ぞわりと背筋が震えて、彼女は後ずさった。無意識に逃げ道を探すと、カイルがさらに一歩踏みこんだ。息が苦しくなる。
「あなたが彼と結婚するメリットは何もない。俺の家も伯爵家ですが、将来はその爵位も俺が継承する。条件としてはあの軟弱男よりよっぽど良いですよ」
「軟弱? あの方が? 全然そうは見えませんわ」
「あの男は騎士の名家に生まれながら、一人だけ騎士にならずに法律学校に通った軟弱者ですよ。でもまあ、今はあの男のことはいい。それより考え直していただけませんか。それとも、俺は淑女に挨拶する価値さえないとでも?」
オリヴィアはしぶしぶ手を差し出した。確かに、恐怖心があるからといって挨拶まで拒めば、誰かにまた生意気だと叩かれかねない。それにしても、フレッドは彼女の見る限り、決してカイルに軽蔑されるような人ではないと思う。
彼が手の甲に唇を寄せる。すぐに手を引こうとしたのに、その手は逆に強い力で握り込まれた。