その身体に触れたら、負け ~いじわる貴公子は一途な婚約者~ *10/26番外編
「……放してください。賭けは私の勝ちです」

 オリヴィアはつかまれた手首を呆然と見下ろす。今はまだ、勝ちたくなかったのに。

「放しますから、逃げないで」
「逃げてなどいません。もともと用事もなかったんですもの。挨拶もしましたし、失礼するだけです」
「僕の方はまだ用が済んでない」
「お願い、放して」
「放す。放すから話を聞いてくれ、頼む」

 フレッドが切羽つまった表情で言うので、オリヴィアは観念して腕を抜こうとした力をゆるめた。
 彼がほっとして手を放す。

「あなたは、男に触れられるのが怖いんですね。最初の日は、……済まないことをしました」

 まさか謝られるとは思いもよらなかった。オリヴィアはぽかんと瞬くと、フレッドが「場所を替えましょう」と先に立った。

「もてなしもせずに妻を帰しては、夫として失格ですし」

 屋敷の表玄関にまわり、フレッド自ら彼女のために扉を開けてくれる。

「さっきで賭けが終わりましたし、これで安心できるでしょう?」

 フレッドが出迎えた執事に茶の用意を指示すると、オリヴィアを二階へ案内する。

 ところが彼女は賭けについて考えごとをしていたせいで、階段の手前で見事につまづいた。

「きゃっ……」
「オリヴィアっ」

 段差で脛をしたたか打ってしまい、オリヴィアは顔をしかめた。しかも、隙のなさそうな相手の前でのことで、恥ずかしくて顔から火が出そうだ。

「大丈夫ですか」
「ええ、……驚かせてごめんなさい」
「とっさに触れられないというのは不便だな……」
「え? なにかおっしゃいましたか?」
「いえ、なんでもありませんよ。立てますか?」
「ええ、これくらい大丈夫」

 オリヴィアが笑って立ち上がると、フレッドがなぜか困ったように眉を下げて手を見ていた。
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