その身体に触れたら、負け ~いじわる貴公子は一途な婚約者~ *10/26番外編
 応接間の椅子に腰を下ろして、オリヴィアは心の中で息をついた。

「男性に触れられるのが怖いから、白い結婚などとおっしゃったんですね。この距離でも怖いですか」

 フレッドは、伯爵家のメイドがお茶の用意を整えて出て行くなり、そう切り出した。

「はい。……でも前のようなことさえなさらなければ、大丈夫です。さっきは私も取り乱してごめんなさい」

 向かいで紅茶を飲みかけたフレッドが、虚をつかれた顔をした。

「手……仕方のない範囲ですものね。用事がおありだったんですよね?」

 触れられた手に目を落とす。自分でもなぜそう言ったのかわからない。このまま勝ったことにすれば良いはずなのに、何となくそうできなかった。

「……ああ。さっき、ね」

 フレッドがまた目を瞬く。いつもの社交場でのそつのない言動と異なる気がする。

「馬は、お好きですか」
「? ええ」
「では、遠駆けでもしませんか。あなたが馬に乗れるならそれでよし、乗れないならあなたは馬車を使ってもいい」

 唐突な誘いに調子が狂う。反射的に「いえ」と答えたけれど、つかのま視線がさまよう。

「フリークスの領地はご存知のとおり国境にありますから、幼い頃から馬はたしなんでいますの。馬車ではリドリアからの侵入者に遭遇したときに対処できませんから」
「経験があるんですか」
「せいぜいがすぐに国王軍の駐屯地か父に伝える程度ですけど」

 嫌な過去を思い出しそうになり、オリヴィアは紅茶でその記憶をのどの奥に押しこんだ。

「では決まりだ。あなたの領地を案内してください。二人とも馬なら大丈夫でしょう?」

 動揺が顔に出てしまったかもしれない。
フレッドが表情を曇らせる。それを見たらまた、身勝手な拒絶をしてはならないように思えて、彼女は気づけば口走っていた。

「……何もない田舎ですが、お待ちしています」

 フレッドの眉根がわずかにゆるんだのを見て、オリヴィアも口もとをほころばせた。
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