その身体に触れたら、負け ~いじわる貴公子は一途な婚約者~ *10/26番外編
 前の晩あまり寝つけなかったオリヴィアの胸中とは反対に、秋の空は気持ちよく晴れ渡っていた。馬上で感じる乾いた風も心地よい。すぐ隣を走るフレッドも目を細める。

 フレッドは昨夜のうちにフリークスに到着していたが、挨拶以上の会話はほとんどしなかった。晩餐のときも、父親やちょうど休暇で寄宿学校から帰っていた弟のアランと男同士で話を弾ませていた。

 賭けにするくらいだから、彼は婚約を解消したいはずだ。それなのに妙になごやかなひとときで、胸中は複雑だった。

「さすが、フリークスの領地は広いな」

 フレッドのてらいのない笑顔にとまどって、どんな態度を取るべきか決めかねてしまう。

 はからずも、先日彼の振る舞いを許したことで、オリヴィア自身のハードルも上がってしまった。手を取るよりも明らかな……意味をともなった触れ合いがないと、賭けが終わらなくなってしまった。

「広いだけで、何もないでしょう。王都のような華やかさもないし、田舎です」

 二頭の馬首を並べ、心持ち速度を落として走る視界を流れるのは広大な麦畑だ。もうすぐ収穫を控えているため、その穂は秋の陽の光を浴びて金に輝いている。隣でフレッドが感嘆のため息を漏らした。

「でも、私はここが好きだわ。この丘をのぼったところに開けた場所があって、そこから領地を見渡せるの。遅くなったけどそこでお昼にしましょう」

 見晴らしの良い丘の上に出る。丘の西側には紅葉の時期を迎えた深い森が広がり、その向こうにリデリアと国境を接するユナイ川がその身を優美にくねらせる。東側には広大な麦畑が日に照り映えている。人家はまばらで、なんとものどかな風景だ。

「これは絶景だ。毎日でも通いたくなる場所ですね」
「嬉しいわ。私もここには良く来るんです」

 自分の容姿を褒められても喜べないが、領地を褒められると誇らしくなる。父や領民を認められた気分になるからだろう、自然と頬がやわらかくゆるんだ。
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